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前代未聞、3年間で6回連続クラウドファンディング。日本将棋連盟の現役棋士が語る激動の裏側

2021年から2024年まで、丸3年間で半年ごとーー計6回のクラウドファンディングを実施し、最終的に支援総額9.4億円、支援者28,919人を集めた日本将棋連盟「新将棋会館建設プロジェクト」。

羽生会長をはじめとする現役プロ棋士たちによる全面的な広報活動や、ユニークな返礼品の数々もファンの間で大きな話題になりました。

「新しい会館を建設する」という一つの目標を掲げ、6期にわたり定期的・戦略的に実施されたこのプロジェクトは、当初目標だった“総額6億円”を大幅に超え、国内クラウドファンディングでも類を見ない規模の成功を収めた。

その裏側で、プロジェクト内部の当事者たちは、どんな思いで、どんな挑戦に臨んでいたのか。

「棋士チーム」の一員としてクラウドファンディングの中核を担った現役棋士・中村太地八段高野秀行七段に、将棋界とファンの絆が生み出した「前代未聞のプロジェクト」の裏側を聞く。

>>6期全体の総括についてはこちら


実は、50年前の将棋会館建設も寄付だった
将棋界の歴史と絆が成し遂げた一大プロジェクト

──クラウドファンディングは、まず日本将棋連盟の事務局が実施を決定。その後、この規模の額を集めきるためには棋士のみなさんの協力が不可欠ということで、「棋士チーム」が特命的に立ち上がり、連盟事務局と密に連携しながらプロジェクトを推進されていました。
そもそも棋士の皆さんにとって、クラウドファンディングは馴染みのあるものだったのでしょうか?
 
高野秀行七段(以下、高野):言葉は知っていましたが、実際どんなものなのかは全然わかっていませんでした。

ただ、実は、前の将棋会館(移転前の旧会館)もファンの方々からのご浄財によって建設されたものです。東京は昭和51年(1976)、関西は昭和56年(1981)なのですが、かなりの部分を寄付で賄っているという事実があります。クラウドファンディングは、かつていただいたご寄付の現代バージョンなのかなと。
 
50年の時を経て、前の建設時と今回の新将棋会館のクラウドファンディングの両方にご支援いただいた方もいらっしゃるのですが、先輩方が築いてきた歴史にも感慨深いものがありました。おそらく50年前も、とても大変だったはずです。今回やってみて、先輩方に改めて感謝しましたし、新しい将棋会館を未来に繋いでいかなくてはいけないと強く感じました。

──前の会館建設時から、将棋界を取り巻く環境にはさまざまな変化があったのではと思います。
 
中村太地八段(以下、中村):インターネットが普及して「観る将」という言葉も出てきて、ファンの方の層がより厚くなってきたことは大きな変化ですね。それが、クラウドファンディングの成功の下地にもなっていたと思います。
 
高野:紆余曲折、将棋界が積み重ねてきた歴史が全部集約されて、一番いい形で結実したのがクラウドファンディングだったのかな。
 
中村:将棋界が今まで積み重ねてきたもの、応援してくれる人との繋がりや将棋という文化の歴史、それらをかき集めて活かすことができた。すべてを意図してやってきたわけではないですが、棋士もファンも、“みんなで”数十年の間に少しずつ積み重ねてきたことが結実したのかもしれません。


棋士グッズや数々のコラボレーション
ファン想いの返礼品はどのように生まれたのか?

──とはいえクラウドファンディングは初めての試み。手探りの中でご苦労も多かったと思います。 

高野:特に、返礼品のプロデュースには我々も深く関わったのですが、どんな棋士にどんな協力をしてもらうか、声かけや調整は苦労しましたね。

中村:人選でも日程でも偏りがないよう公平性を心掛けてはいました。
 
あとはSNSでアンケートを取るなど、将棋ファンの方の声を参考にさせていただくことも多かったです。たくさんの要望をいただく中で、実現できるものとできないものがあり心苦しい部分もありましたが、期を重ねるごとに「ファンの方と一緒に作っている」という感覚になれたのはありがたかったです。

──特別体験のリターンでは、支援者の方と直接接する機会も多かったと思います。支援者とのコミュニケーションで印象に残っていることはありますか?
 
中村:支援してくださった方から「ありがとうございます」と言ってもらえたことには驚きましたね。こちらがお礼を言う立場なのに、本当に温かい方々に支えられているんだなと。
 
高野:これだけ多くの方からご支援をいただいて、返礼品としてさまざまなイベント・プログラムも実施してきましたが、現場でのトラブルはほとんどありませんでした。イベント現場では、支援者の方から出演している棋士に差し入れをいただくこともしばしばでしたが、必ずと言っていいほどクラウドファンディングチームにも差し入れを持ってきてくださるんです。もう本当にたくさんのお心遣いをいただいて。嬉しかったですねぇ。

──三期目以降は、漫画作品やキャラクターとのコラボ返礼品も充実しましたね。
 
高野:三期目の『3月のライオン』、四期目の『名探偵コナン』、五期目はヒグチユウコ先生としろたん、六期目はコンドウアキ先生とピカチュウですね。

──コラボ企画のすべてが、ビジネスというよりは先方からのあたたかい応援をベースに成り立っていた、というのはあまり知られていないかもしれません。
 
中村:最初のコラボも、『3月のライオン』の原作者・羽海野チカ先生が「(クラウドファンディングで)何かできることがあれば」とおっしゃってくださっているらしい、という話を耳にして、ならば……とお願いをしたら快くお引き受けくださったところから始まっています。本当に不思議なのですが、その後にコラボをお願いした先でもみなさん快くご協力いただいて。とてもありがたいことです。
 
ただ、コラボすることによって新たな責任も生まれました。ご協力いただいた方々に迷惑をかけないように、と。作品やキャラクターのファンの方にも嫌な気持ちになって欲しくなかったので。
 
高野:支援してもらえなかったらどうしようという思いはありましたが、結果として、コラボ作品のファンの方からもたくさんご支援をいただきました。将棋を認知していただく、ファンの層を広げていくという点でもコラボ返礼品の実現は大きな出来事でした。


棋士の全面協力の舞台裏

──さらに、この大プロジェクトを成し遂げられた要因として、「組織」についてのお話も聞かせてください。
もともと「棋士チーム」メンバーはどのように選ばれたのでしょうか?
 
中村:まずは、連盟事務局から私に「クラウドファンディングを実施することになったから協力してくれないか」と声がかかったのがはじまりでした。その後、僭越ながら、棋士チームのメンバー選びも一任いただくことになったんです。
 
──中村先生が「一人目のメンバー」だったんですね。さらなるメンバー選びのポイントはどんなところにあったのでしょう?
 
中村:手探りの中で、まず思ったのは、高野先生には必須でお願いするしかないなと。これまでも高野先生の仕事の進め方を拝見していて感銘を受けることが多かったので、絶対にチームに必要な方だと考えていました。

高野:太地先生から話をもらってチームに加わって、そこから私たち2人で声掛けをしていきました。

中村:今回の場合、個人戦というよりも“チーム戦”で頑張る必要があるので、その意味で協力的に動いてくださる方かどうかということも重要です。また、支援の呼びかけにおいては、ファンをはじめ世間の皆さまに「どんな風に見られるか」を考えながら発信していかなければなりませんし、そういった部分のバランス感覚も求められます。

その上で、それぞれの強み、例えばSNSの発信が得意であるとか、ビジネス感覚に優れているとか、棋士からの信頼が厚いとか、連盟のトップレイヤーとの距離が近いかどうかとか、そんなことも踏まえてお声掛けしました。

期によってはさらに多くの棋士がチームに加わりました。


──その棋士チームのみなさんで、主には返礼品を考えたり、クラファン用のTwitter(X)アカウントを動かしたり、プロジェクトを推進されていました。
一方で、広報・発信の面では、チームメンバー以外の棋士の先生方もさまざま協力されていましたよね。

高野:正直なところ、クラウドファンディングの一期目のときには、まだこれを「自分ごととして捉えている」棋士は少なかったように思います。

ただ、第一期が終わった直後に連盟の総会があり、一期目の振り返りデータやクラウドファンディングの基本的な考え方を全棋士に向けて説明をする機会を作りました。そこでようやく棋士たちの理解も深まったような手応えがあったんです。クラウドファンディングという言葉に馴染みのない世代の棋士も「そういうことなんですね」と理解してくれました。
 
棋士からしても、「寄付集めに協力はしたいけど、どうしたらいいかわからない」という人が多かったんでしょう。「自分のSNSアカウントで投稿するくらいならできるけど、意味があるの?」というようなことも随分言われましたし。

でも「ぜひやって欲しい」「特にクラウドファンディングの最後の1週間は、公式アカウントの投稿全部リポストして」などと伝え続けて、少しずつ棋士の間でも雰囲気が変わっていきました。
 
中村:クラウドファンディングへの理解がふわっとした状態だと、「ご支援お願いします」の一言を言うのにすら「申し訳ない」という引け目も生まれますが、目的やゴールを共有してプロジェクトの理解を深めることで、心からご支援のお願いができるようになっていった、ということもあると思います。


長丁場のクラウドファンディングをやり切って、組織がより強くなった

──連続して6回も、しかも毎回1億円を目指すクラウドファンディング、というのは本当に前代未聞です。実のところ、一期目は目標額を達成しましたが、二期から四期は未達。五期・六期で大幅に挽回しています。
途中支援が落ち込みながらも、立て直しができた要因はどこにあったと思いますか?
 
中村:一期目は初回だから「将棋連盟がクラウドファンディング」というニュース性もありながら上手くいく、でも二期目から苦労するだろう……というのは、最初から予想はついていました。なので、二期目、三期目で支援額が落ち込んだときも、そこまでショックは受けませんでしたね。

高野:むしろその頃から、アピールの仕方がようやく分かるようになってきました。返礼品のラインナップも、コツが掴めるようになってきたというか。これは人気があってテッパンだから入れておかないと…とかね。
 
中村:だんだんニーズが分かってきたのは良かったですね。

──六期を通じて、チームの中の関係性にも変化がありましたか?

高野:棋士チームの中でというよりは、連盟の事務局との関係性には変化があったかもしれません。

もともと、事務局はいつも我々を「先生」と呼んで棋士を立ててくれているわけですが、このクラウドファンディングにおいてはフラットな協力関係であるべきで。事務局がやりにくそうにしていることがあったらこちらから声をかけたり、困ったことがあったら隠さず言いましょうというのは、お互い意識していたことだと思います。
 
ただ、やはり事務局と棋士チームとでは、プロジェクトの見方が違います。我々棋士チームは、返礼品を考案したり、表立った広報活動を行ったり、ある意味クラウドファンディング業務の「いいとこ取り」をしていたわけですが、事務局はその裏側の、各種日程調整や支援者とのコミュニケーション、返礼品の発送まで、一番地味で大変なところを担ってくれていました。

だからこそ、私たちもできることはやろうと。とはいえ、はじめのうちはどんな仕事があるのか、それがどれだけ大変なことかもよく分からない。たとえば毎日SNSの投稿をしようと目標を立てても、やっぱりどこかでパンクしてしまう。棋士チームと事務局で分担をすることもままならなかった。でも続けていくうちに、曜日で担当を振り分けたり、繁忙期には「ごめん。代わりに投稿してください」と言えるような関係になっていきました。

期を追うごとに、お互いだんだん楽になってきたような気がします。そういう関係性が築けたのは連続してやった良さで、一期だけでは絶対ありえなかったことだと思います。

──これほどの規模のプロジェクトに伴走するのは、READYFORとしても初めての試みでした。私たちとの関係の中で何か印象に残っていることはありますか?
 
中村:READYFORさんは六期を通じて、常に様々な施策の提案をしてくれました。返礼品の案や、広報施策、支援者の方とのコミュニケーションから事務作業に関することまで、「あれをやろう、これをやろう」とたくさん言ってくれて。こんな大きなプロジェクトを、自分たちだけで走り続けるのは本当に難しいので、事務局と棋士とそしてREADYFORさんとの三位一体で進めていったという感じがします。
 
高野:提案されたすべてを実現できたわけではないですが。実際、10言われて2できたかどうかというところでしたし(笑)
でも、それだけいろんなことを提案して伴走し続けてくれたことがありがたかったです。だって、言ってもらわなかったらその「2」すら実現できてないですから。
 
また、普段私たちは年齢層の高い人とご一緒をすることが多いので、READYFORさんのような若い会社でスピード感を重視する仕事の仕方に戸惑う部分もありましたが、ご一緒する中で徐々に足並みが揃ってきたというか感覚を掴むことができて、いい刺激になったと感じています。

中村:結局、自分たちだけが頑張っていても将棋界全体の盛り上がりを作っていかないと世間に対して訴求できません。そういう意味では、期を重ねるごとに、棋士たち、事務局、READYFORの一体感が高まって同じ方向に進められたのはよかったと思います。そう考えるとクラウドファンディングは、団体の結束力が高まる事業だったと思います。


クラウドファンディングの“その後”
これからの将棋界と棋士、ファンとのつながりは

──9月に新しい将棋会館が完成してお披露目式も行われました。プロジェクトとしては一区切りというところだと思いますが、現在のお気持ちや今後の展望について教えてください。
 
中村:クラウドファンディングを通して、新たなファンとの繋がりが生まれたと思っています。新しい将棋会館は連日賑わっていて、将棋ファンもそうでない方にもお立ち寄りいただいています。なかには返礼品のバッグを持って来てくださる方や寄附者銘板で名前を探す方の姿もお見かけします。返礼品の一つである内覧会を実施した際も、支援者の皆さんが私たちと同じように喜んでくれる姿が印象的でしたし、ファンの方とより近くなれたような気がしています。ぜひたくさんの方に来ていただきたいです。

髙野:大きなプロジェクトを終えることが出来て、とてもホッとしています。これも支援者皆さまのおかげです。本当にありがとうございました。

今回のクラウドファンディングを通して一番に思ったことは「将棋会館で将棋を指しているのは、普通のことではない」ということです。棋士、女流棋士にとっては日常である「対局」。しかしそれは、先人たち、将棋界に携わってくださっている方々、なによりファンの皆さんの支えがあって出来ていること。この思いを忘れることなく、新会館で将棋を指し伝えて行かねばと思いを新たにしています。新会館は「みんなの将棋会館」です。お近くにお越しの際は、ぜひ遊びにいらしてください。

──将棋界の次の100年に向けてここからがスタートですね。新しい将棋会館からさまざまな新しい挑戦が生まれるのを楽しみにしています。

photo by 戸谷信博
directed by 廣安ゆきみ・佐藤沙弥(READYFOR ファンドレイジングサービス部門)