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「このままでは終われない。」熊本サンクチュアリが3度目のクラウドファンディングに挑む理由

1970年代、医学的実験に“使用”するため、アフリカからチンパンジーたちが日本へ連れて来られました。仲間と引き離され、長い時間をかけて海を渡ってきた彼らを待っていたのは、狭いケージに入れられ、ウイルスに感染させられ、実験に使われる過酷な環境だったのです。

日本では2006年にチンパンジーの医学的な研究利用は停止しましたが、かつて実験に“使われた”ものの治療がなされないまま、C型肝炎に持続的に感染しているチンパンジーたちがいます。

「人間の都合によって必要のなかった闘病生活を強いられ、今も苦しむチンパンジーたちを全員治療したい」

医学的実験によりC型肝炎に感染したチンパンジーたちが暮らしている、京都大学野生動物研究センターの研究施設「熊本サンクチュアリ」は、そんな想いを抱き、継続的にクラウドファンディングに挑戦。

1回目のプロジェクトでは、チンパンジーを治療するエコー装置や老朽化する施設を整備する資金を集め、2回目のプロジェクトでは、C型肝炎に感染するチンパンジーたちの治療費を募りました。

そして、日本でC型肝炎に感染する8にんのチンパンジーすべての治療を行い、病気に苦しむチンパンジーをゼロにするため、3回目のプロジェクトに挑みます。

これまでのクラウドファンディングによって、熊本サンクチュアリで暮らすチンパンジーたちにどんな変化があったのか?3回目のプロジェクトで、実現したい未来とは──。

実行者でもある、京都大学野生動物研究センター教授の平田 聡さん、熊本サンクチュアリ獣医師の鵜殿 俊史さん、飼育担当の野上悦子さんに、お話を聞きました。

人間の都合でC型肝炎に持続感染するチンパンジーを治療したい

──最初に、みなさんの簡単な自己紹介と、改めて熊本サンクチュアリについて教えていただけますか。

平田聡さん(以下、平田): 私は1996年、大学院生からチンパンジーの研究をしていまして、2011年から2015年まで熊本サンクチュアリに務めていました。いまは京都の野生動物研究センターに勤務しています。

鵜殿 俊史さん(以下、鵜殿): 私は熊本サンクチュアリの獣医として40年、チンパンジーとボノボの健康管理と治療を行っています。

野上悦子さん(以下、野上): 私は飼育員としてチンパンジーと関わってかれこれ30年くらいが経ちます。熊本サンクチュアリは17年目で、ひたすらチンパンジーたちが楽しく健康に暮らせる環境づくりに努めています。

平田: 熊本サンクチュアリは、京都大学野生動物研究センターが運営しているチンパンジー・ボノボの研究施設で、2023年8月現在50にんのチンパンジーと6にんのボノボが暮らしています。

野生動物研究センターは、絶滅の危機に瀕する野生動物の保全研究を通じて、野生動物や自然環境への理解を深める教育活動を推進しています。生体の本来の行動を人為的かつ不可逆的に変える医学実験は一切行いません。

そうした基本方針に沿って、熊本サンクチュアリでは、研究に力を貸してくれるチンパンジーとボノボの幸せを第一に考え、飼育下での健康管理や環境づくりも大切にしています。チンパンジーたちは、言ってしまえば人間の都合でアフリカの野生から連れて来られて、いまからアフリカに帰ることはできません。研究を通して彼らのことを理解し、生まれ育った野生に近い環境で、できる限り健康に幸せに暮らしてほしいと思っています。

そのために具体的には、野生で暮らすチンパンジーと同じように、木に登ったり降りたりできる三次元の森に近い設備で、仲間と群れ、食べものを探して、できるだけ長い時間を食べることに費やせる生活を送れるようにしています。

──熊本サンクチュアリは、医学的な実験によってC型肝炎に感染したチンパンジーたちがいる日本唯一の施設でもあるんですよね。その経緯についても教えていただけますか?

鵜殿: もともと熊本サンクチュアリは、ある製薬会社が、大学や民間企業などでB型肝炎ワクチン開発実験に“使われた”チンパンジーを引き取る施設として1978年に設立されたんですね。40年前に私が働き始めた頃は、B型肝炎ワクチンの開発は終了しC型肝炎(当時は非A非B肝炎)の研究に移行していたんですが、“使い終わった”チンパンジーがたくさんいて。彼らの健康を取り戻し、赤ちゃんを生ませることが獣医としての私の仕事でした。

研究者によってC型肝炎ウイルスが接種されたわけですが、当時はまだ未知のウイルスで感染によってチンパンジーが死に至る病になることは知られていませんでした。C型肝炎は、肝炎だけでなく、腎障害や心筋症などさまざまな症状を引き起こす感染症です。引き取ったC型肝炎ウイルスに持続感染していたチンパンジー22にんのうち14にんは闘病生活の末に亡くなり、現在は8にんが残されています。

10年ほど前に新しいC型肝炎治療薬が開発されたんですが、最低でも約400万円、最高で1,000万円以上もの治療薬購入費が必要となるため、財政的な問題で治療薬を購入できず、ずっと申し訳ないと思っていました。

C型肝炎に持続感染し、鼻血が出ているサンゾウ

野上: C型肝炎に持続感染し、腎機能が低下し食欲がなくなり痩せ細ったり、肝障害によって苦しんだ末に亡くなったチンパンジーたちがいます。でもこれは、人間がウイルスを打たなければ、感染実験がなければ、必要のなかった闘病です。いま生きている8にんのチンパンジーたちには治療を受けさせてあげたいと思っています。

総額3,200万円以上を集めたクラウドファンディング、成功の秘訣

──そうした想いが、クラウドファンディングの挑戦につながったのでしょうか?

平田: 正直なことを言うと、READYFORさんと京都大学が提携し、担当者からクラウドファンディングをやりませんか?と声をかけられたことが挑戦を検討するきっかけでした。そこからREADYFORの担当者と打ち合わせをして、アイデアを出すことから始めました。

鵜殿: 資金調達ができるかもしれないと聞いて、真っ先に頭に浮かんだのがC型肝炎の治療薬のことでした。むしろそれしか浮かばなかった。でも、薬代は1日5万円ほどで2〜3ヶ月飲み続けることを考えると8にんみんなを治療するには数千万円の費用がかかります。クラウドファンディングのことはよくわからなかったし、そんな大金が集まるなんて想像すらできなくて。ひとまず、10年ほど使い古したエコーを買い替えたいとお願いしました。

──エコーの新規購入を第一目標にした1回目のプロジェクトでは、ゴールを達成し、施設の改修のための第二目標である900万円を超える支援が集まりました。

鵜殿: 予想外に支援をいただき大変驚きました。たくさんの方が応援してくださっていて、これだけ寄付いただいたのだから、この恩を返せるように、チンパンジーたちの健康管理をしっかりしていこうと気合いが入りましたね。

新しいエコーを使っての診察の様子

──実際にクラウドファンディングで集まった資金でエコーを購入され、どんな変化がありましたか?

鵜殿: もともとあったエコーはいつ壊れてもおかしくない状況だったので、安心してチンパンジーたちの診察や治療に当たれるようになりました。機械の性能がよくなったことで、今後の診療にも活きてくるデータが取れるようにもなった。ありがたいです。

──1回目の成功を経て、2回目のプロジェクトでC型肝炎の治療薬の資金を集める挑戦をされました。それはどうしてでしょう?

鵜殿: やっぱり費用さえあれば、C型肝炎に持続感染したチンパンジーの治療をしたいとずっと思っていましたから。チャンスがあるなら、今度こそ挑戦したいと。

平田: 1回目の成功体験があったからこそ、ずっとやりたかった治療薬を集めるという2回目の挑戦に踏み出すことができました。1回目は右も左もわからずREADYFORのキュレーターさんに言われるがまま動く感じだったのですが、僕らも少しずつやり方がわかってきて、クラウドファンディングの可能性を信じきることができたので、積極的に支援をお願いすることができました。

──2回目のプロジェクトは大きな反響を得て、目標金額の6倍にもなる2,400万円を超える支援が集まりました!実際に挑戦してみてどうでしたか?

野上: 1回目のプロジェクトの支援者は、普段ご支援してくれる方やチンパンジーの研究に興味がある方が中心でした。でも2回目のプロジェクトは、メディアでも大きく取り上げられて、チンパンジーに普段関わりのない一般の方々に広く知ってもらうきっかけになった。医学実験に使われ、人間の治療薬開発の犠牲になったチンパンジーたちがいることを知ってもらえたことが大きな価値だったと思います。

鵜殿: プロジェクトページの文章を書きながら、人間たちのために犠牲となったチンパンジーたちの治療をしたいという想いと向き合うことができ、公表したことで、共感を得ることができた。僕らと同じ気持ちでいてくれる人たちがこんなにもたくさんいるんだということが何より励みになりました。

平田: お金だけでなく、賛同や応援の声を一緒に集めることができるのがクラウドファンディングの価値ですよね。その分責任も感じますが、やりがいもある。

──プロジェクトを成功させるために意識したことはありますか?

鵜殿: 私はとにかく、目の前にいるチンパンジーたちのC型肝炎を治したいという想いが強くありますから。その想いを伝えてお願いすることに徹しました。C型肝炎に関しては、みんなに少しずつ責任があると思うから、抵抗なく助けてくださいと言えましたね。

平田: クラウドファンディングは決して楽をしてお金が集まる仕組みではないので、自分たちにできることはなんでもしようと思っていましたね。1回目のプロジェクトの際に、研究成果に興味をもって大きな額を支援してくださった方がいまして。施設の歴史と研究の蓄積があってこそのご支援だったので、研究者としては、2回目のプロジェクトの前に、C型肝炎に感染するチンパンジーの状況を論文にまとめて発表しました。

──想いを伝え、それぞれの立ち位置でできることをする。その積み重ねが成功を導いたのですね。

成功の要因のひとつとして、READYFORのキュレーターさんの存在も大きかったです。頻繁に打ち合わせをして、細かいゴールを設定し、常にお尻を叩いてくれた。基金があるだけでは立ち上げっぱなしでなかなかお金が集まらないけど、期限とゴールを決めて、達成のためにやるべきことを洗い出して、お尻を叩いてくれる。ゴールを達成できたのは、キュレーターさんがいたからってことは間違いないですね。

日本でC型肝炎で苦しむチンパンジーをゼロに。3度目の挑戦

──2回目のプロジェクトで集まった支援でチンパンジーたちの治療は進められているのでしょうか?

鵜殿: はい。お金は集まったけれど、実際にやってみないとどれくらいの効果があるのか、どんな副作用があるのかもわからなくて、正直不安もありました。最初に治療薬を投与したユキオくんには思ったより効果がなかったんです。専門家に聞いたら、薬が効かないタイプのウイルスに変異していたようで。それで別の子に試したけど、薬を飲んでくれなくて。がっかりしてたんですが、ショウボウくんは薬を8週間飲み続けてくれて、その後の血液検査でウイルスは消えていました。

──成果が出たのですね!

鵜殿: はい。C型肝炎に持続感染したチンパンジーを治療できたという世界で初めての事例だと思います。その後4にんの薬の投与を続けていて、2023年末には成果が出せるんじゃないかと期待しています。

治療に臨んだショウボウくん


──今回、3回目のプロジェクトに挑戦されます。その理由は?

鵜殿: 2回目のプロジェクトで目標を遥かに上回る支援をいただき、8にんのうち最大6にんの治療を進めることができています。残り2にんも治療をしてあげたい。私の知る限り日本で確認できているC型肝炎に感染するチンパンジーはほかにいません。治療薬が効かなかったユキオくんと残り2にんの治療ができれば、日本でC型肝炎に感染するチンパンジーはゼロになります。このままでは終われない。ここまで来たら、8にん全員を治療したい。それが私たちの願いです。

平田: 8にん全員を治療するためにこれから必要な金額は2,000万円を超え、決して容易に達成できるものではありません。それでも、みなさんからの支援によって、「日本からC型肝炎で苦しむチンパンジーがゼロになりました」という報告ができるようにがんばっていきたいです。

──大きな挑戦になりますね。最後に今回のプロジェクトの先に思い描いている社会、今後の展望があれば教えてください。

野上: 今回のプロジェクトもそうですが、チンパンジーたちがならなくていい病気のリスクは減らしていきたい。これ以上チンパンジーが人間の都合に左右されることがないように。医学実験にせよ、エンターテインメントにせよ、動物園の繁殖にせよ、彼らは人間がこうあればいいという勝手な都合に長いこと振り回されてきたので。この先は安心して、安寧な暮らしを送ってほしいと思っています。彼らが健康に楽しく幸せに暮らせるように、私たちはこれからも、熊本サンクチュアリとしてできることをしていきます。