人をつなぎ、研究成果を社会に還元する。阪大でクラウドファンディングに伴走する「学内キュレーター」の醍醐味
大阪大学にはクラウドファンディングに伴走する「学内キュレーター」と呼ばれる、おそらく日本初にして唯一のポジションで活躍されている女性がいます。
2018年にREADYFORと提携し、クラウドファンディングプログラムをスタートした大阪大学。その学内キュレーターを務めるのが、中村麻貴さんです。
これまで中村さんが手がけてきたクラウドファンディングの成功率は100%。READYFORのキュレーターからも絶大な信頼を集める中村さんに、学内キュレーターの役割や醍醐味、プロジェクト達成の秘訣、クラウドファンディングの意義と可能性について話を伺いました。
阪大ファンドレイザーの一期生から、学内キュレーターへ
── 「学内キュレーター」という職業、初めて聞きました。
私も、自分がそう呼ばれるまで聞いたことがありませんでした。他大学でも「学内キュレーター」を名乗っている方に会ったことはなくて。READYFORのキュレーターさんもおっしゃっていましたが、もしかしたら、私が日本で初めての学内キュレーターなのかもしれません。
── 中村さんは、なぜ「学内キュレーター」の仕事をすることになったんですか?
大阪大学(以下阪大)では2009年に、「大阪大学未来基金」という寄付制度を立ち上げました。国から交付されている運営費交付金が削減されていく中、未来を見据えて、財政基盤を強化する必要がありました。
この「未来基金」の発足に際してファンドレイザーが必要になり、私は、その1期生として雇用されたんです。産休・育休を経て、ファンドレイザーの仕事から離れていた時期もありましたが、2018年にREADYFORと提携したクラウドファンディングプログラムがスタートしたのをきっかけに、再び携われることになりました。
もともとは阪大の先生とREADYFORとの初回ミーティングをセッティングするだけの役割だと聞いていたのですが、せっかくだから「一緒にプロジェクトに入りたい!」と自ら申し出ました。そうして気がついたら、学内キュレーターと呼ばれるようになっていたんです(笑)。
クラウドファンディングは阪大の研究を知ってもらう貴重な機会
── 「学内キュレーター」の仕事について教えてください。
クラウドファンディングは人々の“共感”が命。そして、共感を得るためには、どんなに素晴らしいプロジェクトでも、まずは知ってもらうことが大切です。ですから、私は学内キュレーターとして阪大のクラウドファンディングを知っていただくための広報活動に力を入れています。
大学近隣のショッピングモールにある展示ブースで先生方の研究成果を紹介したり、駅にポスターを貼らせてもらったり、地元ラジオへの出演や記者会見を開いたり。医療系のプロジェクトであれば、病院の広報紙に掲載していただけるように病院広報に働きかけて患者さんに情報をお届けできるようにしたり、キャンパス内のデジタルサイネージにも期間中にプロジェクト広告を出して、学生や教職員にも周知したりしています。
── 共感を得るためにも、まずは内外に知ってもらうことが大事ですね。
そう思っています。阪大は、国立大学の中で、最も規模の大きな大学。11学部・16研究科・6附置研究所を有しています。私自身、阪大で働き始めて10年、ファンドレイザーとして7年近く経ちますが、知らない教授や研究がまだまだたくさんあります。ましてや助教など若手研究者が手がける研究なら尚更です。
クラウドファンディングは、阪大でどのような研究が行われているのかを、みなさんに知っていただくアウトリーチの貴重な機会。先生方の研究に関心や親しみを持ってもらえたら、私もうれしいですし、やりがいを感じます。OBやOG、地域の方々をはじめ多くの人とつながり、支援をいただきながら、研究の成果を社会に還元していきたいです。
阪大のモットーは「地域に生き世界に伸びる」。クラウドファンディングはまさに、この「地域に生き世界に伸びる」を体現する手段でもあると考えています。
うまくいっていないときこそ、深く関わる
── 「学内キュレーター」を務める上で大切にされていることは?
私は、大学の中と外、人と人をつないで“橋渡し”をする役割を担っていると思っています。クラウドファンディングを行う先生とREADYFORのキュレーターをつなぐのも、その一つ。プロジェクトが始まってすぐは、お互いに言いにくいことや遠慮してしまうことがあると思います。私が間に入ることで、議論がスムーズになったり、誤解がとけたり、関係性が良くなったりするように努めています。潤滑油のような存在になることが、まず大事な役割なのかなと考えているんです。
── これまで中村さんが携わったクラウドファンディングは見事、すべて成功しています。何か秘訣があるのでしょうか。
私もまだまだ手探りで、秘訣というものはないのですが、先生方にはクラウドファンディングが始まる前に「成功するのは簡単ではないですよ」「正直、しんどいですよ」「この期間だけは、しっかり対応してくださいね」と事実をハッキリ伝え、覚悟をもってもらうようにしています。
本業の研究があり、授業があり、医療系の先生であれば診療もある中で、お忙しいのは重々承知しています。ですが、「すべて事務局がやっておいて」という心構えで達成できるものではないんです。やるからには本気で向き合っていただきたいと思っています。しかも、クラウドファンディングの目的は資金調達だけではありません。先生の研究を知ってもらい、ファンになっていただくことも含まれています。このプロジェクトに限った一過性のものではありませんから、その重要性を認識いただけるように、「この半年間は、一緒に頑張ってください」とお伝えするようにしています。
── まずは覚悟を持っていただくと。先生方とは密にコミュニケーションをとっていらっしゃるんですね。
そうですね。クラウドファンディングの進捗が順調にいっているときは「新着情報を更新してくださいね」と声をかける程度ですが、うまくいっていないときこそ、頻繁に声をかけるようにしています。
いいスタートダッシュを切れたけれども、中だるみしてしまうことってあります。私やREADYFORのキュレーターさんは「よくあること」だと思えますが、初めてクラウドファンディングに挑戦する先生方は、やっぱり不安なんです。
そんな時こそ声をかけ、深く関わることを心がけています。ただ、言葉をかけるだけじゃなく、「どう動いていきましょうか」と積極的に相談にのるようにしています。先生にラジオ出演していただいたり、私もマスコミ関係者に趣意書をお送りして取材につながるように動いたり。一人じゃないと思ってもらいたくて、「大丈夫です」「不安なときに動くことで、最後に結果が必ずついてきます!」と先生にもお伝えするようにしています。
── 中村さんが先生方を力強く伴走支援していらっしゃることが、クラウドファンディングの成功につながっていると感じます。
正直、学内キュレーターをやっていなければ、これほど先生と深く付き合える機会は持てなかったと思います。先生方と「人と人との付き合いができる」ことは、学内キュレーターならではの醍醐味です。とくに大学のような大規模の組織では、縦割りで動くことが一般的です。でも、学内キュレーターは、学内を横断して動く必要があり、色々貴重な経験をさせていただけるポジションだと思っています。
また、クラウドファンディングが成立し、READYFORから本学に入金いただいた後、領収書と一緒に本学総長からの感謝状を同封してお送りしているんです。とくに高額寄付者へは、実行者の先生方と御礼訪問に伺っています。その後、別のプロジェクトへの寄付につながったケースも出てきていて、阪大プロジェクトのファンが増えることが嬉しいですね。
先生方にも支援をいただくとき以上に、御礼のコンタクトを増やしていただくようにお伝えしています。先生方が率先して御礼を伝えてくださっていることも阪大ファンが増えている要因かもしれません。
“助け合いの輪”がどんどん大きくなるのは、クラウドファンディングならではの魅力
── 資金調達の中でも、クラウドファンディングにはどのような意義や可能性があると感じていらっしゃいますか。
クラウドファンディングは、助け合いの輪がどんどん大きくなるところに面白さがあります。どのような仕掛けをつくれば、さらに支援を広げていけるのか、それを考えるのが学内キュレーターの腕の見せ所でもあるんです。
コロナ禍になり、思うように研究が進められなかったり、成果を発表する場がなくなってしまったりと、ショックを受けている先生も少なくありません。
そんな中、大変ながらもクラウドファンディングに挑戦して、共感や支援の声が寄せられ、見事プロジェクトが成功できたとなれば、先生方の自信にもつながるはずです。支援者から研究者に応援のメッセージが直接届くことも、あまりない貴重な機会ですよね。
しかも支援者との関係性は、プロジェクトが終わったあとも、つづきます。研究の進捗を伝えて応援しつづけてもらうことができますし、支援企業と共同で新しい研究が始まるケースもあります。そういった支援の広がりがクラウドファンディングの魅力です!
── クラウドファンディングの意義は、資金調達に留まらないですね。
本当にそう思います。たとえば、阪大が取り組んでいる研究の一つに、低ホスファターゼ症という骨と歯に症状があらわれる難病があります。
実行者の歯学研究科の仲野和彦教授のお話によれば、出来がよくない骨に対する根本的治療法は、世界に先駆けて日本で導入されましたが、乳歯の早期脱落に対する治療法は存在していませんでした。そこで、この開発のための研究費を支援いただくクラウドファンディングを実施したところ、テレビや新聞などのメディアでも紹介され、これまでにあまり知られていなかったこの病気の知名度がぐんとあがったんです。
その結果、多くの自治体で1歳6ヵ月児歯科健診や3歳児歯科健診の際など「乳歯の早期脱落」のチェック項目が新たに設けられ、歯科症状をもとに、未診断のまま生活していた低ホスファターゼ症の子どもたちの早期発見・早期診断につなげられるようにもなってきました。現在は、歯科症状の根本解決に向けての研究が着実に進展しており、ここ数年の間に新しい治療法が患者さんに届けられることが期待されています。
資金調達のみならず、難病の知名度を上げ、病気の早期発見につなげられた。本当に意義深いものであったと思います。
このように阪大のモットーである「地域に生き世界に伸びる」を実践できた好事例がたくさん生まれています。
── 学内キュレーターにとって、READYFORのキュレーターはどんな存在ですか?
「先生方の研究を応援したい」、この想いは私もREADYFORのキュレーターも同じです。そういう意味で、私はREADYFORのキュレーターさんを勝手に“同志”だと思っているんです。阪大の方ではないのですが、「実行者の方の夢を実現させようとする、同じ志を持つ仲間」として。
実行者の先生方も同じように思っていらっしゃるはずです。みなさん本当に、READYFORのキュレーターに感謝されていますよ。
── 最後に、今後の展望を教えてください。
個人的には阪大の全学部、11学部でクラウドファンディングに挑戦してもらうことを目標にしています。コロナ禍で医療系の研究にスポットライトが当たる機会が多かったのですが、一般の方には少し馴染みが薄い、けれども多くの研究を支えている基礎研究分野や、臨床哲学などの文系にもどんどん広げていきたいです。
また、学生からも「ウクライナのためにチャリティ演奏会をしたい」などの声があがっています。学生の課外活動とクラウドファンディングを結びつけていくような動きもしていきたいですね。
これからも誰かの夢を応援していけるように、私自身も学び続けていきたいです。