競争的資金をクラウドファンディングで補い、研究の未来を切り拓く
2011年に日本でスタートしたクラウドファンディング。11年が経つ今、その勢いは、年を追うごとに加速しています。大学・研究分野でも、多くのプロジェクトが公開されています。
2021年から2022年にかけて、九州大学で乳がんの術後の乳房再建術を支える、手術支援ロボットの開発に取り組む江藤正俊先生、門田英輝先生、小栗晋先生は、研究開発費用の一部を、クラウドファンディングで調達しました。
今回は大学教員の先生方が、研究開発費用を募るためのクラウドファンディングを用いる可能性について、江藤先生にお話をうかがいました。
研究開発を維持していくために。クラウドファンディング挑戦の理由
──最初に、乳がんの術後の乳房再建に欠かせない「マイクロサージャリー」技術を支える、先生方の研究について教えていただけますか。
江藤先生(以下、敬称略) 乳がん術後の乳房再建は、非常に緻密で難しい技術であるため、私たちの研究チームでは、執刀医の細かな動作を支援する「マイクロサージャリー支援ロボット」の開発を進めています。1997年に登場した手術支援ロボット「ダヴィンチ」は非常に有名かつ優秀なロボットですが、マイクロサージャリーをサポートする形で開発はされていないため、小さな作業のサポートには限界があります。2014年より私たちは直径1mmの血管を縫うことが可能な「マイクロサージャリーロボット」の開発を始めました。
──どのような経緯で開発が始まったのでしょうか?
江藤 マイクロサージャリーの代表的な例として、乳房再建術では、乳房を切除したところにお腹の皮膚を移植し、組織の細い血管などをつないで再建します。直径1mm以下の血管などをつなぎ合わせる手技は、非常に高度です。
そのため、希望する患者さんは多いけれど、全ての患者さんに手術を提供でないという課題が生まれてしまいます。マイクロサージャリーの手術支援ロボットを開発すれば、今よりもっとたくさんの患者さんに技術を提供できると考え、開発が始まりました。
──なるほど。もともと内閣府による競争的研究費制度も利用されていた中で、どうしてクラウドファンディングへの挑戦に興味を持たれたのでしょうか。
江藤 もちろん競争的資金の獲得は前提として模索していました。クラウドファンディングに挑戦する前にも、AMED(日本医療研究開発機構)からの助成をいただいていたんです。
複数年にわたり助成をいただいていたのですが、実は最終年度の21年度においては、当初の予定より助成金が減額されてしまい、ショートしそうだったんです。これはなんとかしなければならないということでクラウドファンディングへの挑戦を決意しました。
情報を広く知ってもらうために、それぞれの領域で個別にアプローチ
──実際にクラウドファンディングに挑戦されて、準備から公開までどのような点で工夫をされましたか?
江藤 初めての経験だったので、READYFORの担当者さんたちのアドバイスをよく聞きました。そのうえで、「クラウドファンディングで寄付を募っている」という情報を、いろんな人に知ってもらうため、最初は自分の関係する団体、学会あるいは患者団体などに個別に連絡をしていきました。
乳がんの再建以外にも、乳がんや子宮がんの後遺症として手足が腫れる「リンパ浮腫」にもマイクロサージャリーの技術が適用されます。医療従事者だけでなく、実際に後遺症などに困っている患者さんたちにも情報を提供することで、賛同を得てご寄付をいただけることもありました。
プロジェクト実行者である私、小栗、門田の3人の専門分野が違うため、それぞれの領域でリサーチして、関連団体のメーリングリストを作成し、関連学会で代表する人をピックアップしてアプローチしていきました。私たちの研究開発のクラウドファンディングについて、患者さんや医療従事者、学会等の団体に情報を広く流すことに注力しましたね。
──臨床の現場に出て、研究をして、学生さんの指導もされて、その合間を縫ってクラウドファンディングに挑戦することは、時間的にも工数的にもハードだったのではないかと想像します。クラウドファンディングに取り組む中で、大変だったこと、よかったことはありますか?
江藤 さまざまな関係団体やキーパーソンへ電話やメールで連絡するのには時間がかかりました。とはいえ研究資金がショートしかかっているということで、切迫感があり私たちも中途半端な気持ちではありませんでしたから。なんとか成功させなければならない、という強い意志がありました。時間も要しましたが、そこは必死でした。
最初に関係者に広く直接アプローチをしたのですが、「この人たちは関係ないかもしれない」と連絡を躊躇することもあったんですね。けれど、開き直って「できるだけ多くの人に知ってもらわなければならない」と、心当たりのある方みなさんにメールをしたのを覚えてますね。少し関係ないかなという人も含めて、たくさんの人に連絡しました。
──そうした中で、嬉しかったことはありましたか?
江藤 もちろんありました。クラウドファンディング期間中は常に、どのような方がご支援くださったかがわかりますから、予想もしないような方からご支援いただいたり、患者さんからのご支援も、力になりました。
──ご連絡する際に躊躇していた“関係ないかな”という方からのご支援もありましたか?
江藤 もちろん割合としては関係する方からのご支援が多いです。けれど中には直接この病気には関係ない患者さんからのご支援もいただきました。
あとは病院の中でもクラウドファンディングのビラを置いたり、患者さんが見られるようなところにチラシを貼ったりしたので、患者さんたちからのご支援いただけましたね。
常に新着情報を更新し、応援コメントにもお返事を
──結果として300人近い方から1,000万円を超えるご支援が集まり、九州大学さまの最高額を塗り替えるプロジェクトになりました。
江藤 先にご紹介した広報戦略に加えて、ファーストゴールの設定の仕方も大事だったと感じます。All or Nothingでの挑戦だったので、最初に設定したゴールに到達しないとゼロになってしまう。他方で、あまりハードルを低くはできない。そのあたりのことを考えて目標金額を設定したので、目標金額を超えた後は気分的にも楽でした。
また、クラウドファンディングのプロジェクトページの「新着情報」は常にアップデートしました。試作機が届いたことや関係者からの応援メッセージなど。支援後に新着情報をご覧になる方もいらっしゃると思うので、プロジェクト中は次々にアップしていきました。
──295名の支援者からの応援コメントも届きました。
江藤 支援者の方々の中には直接存じ上げない方もたくさんいらっしゃったので、とても嬉しかったです。全部読ませていただいて、3人で分担してお返事をさせていただきました。プロジェクトが終わった後は達成感がありましたね。
クラウドファンディングと研究開発の未来への可能性
──クラウドファディングと競争的資金との兼ね合いについて、どのような使い分けがあるとお感じになられますか。
江藤 今回は、AMEDの競争的資金のサポートのようなかたちでクラウドファンディングを実施しましたが、おかげさまで、足りない分を補うことができました。今後も、競争的資金を獲得したうえで、その補完財源としてクラウドファンディングを活用することは、非常に有意義だと思います。
他方で、クラウドファンディングで集めた資金だけで研究開発を進めていこうと思ったら、金額規模的には限界がくるでしょう。私たちは研究者である以上、競争的資金を獲得することを常に念頭に進めていきますが、競争的資金を基軸に、クラウドファンディングのような新たな手段も組み合わせて研究を進めていきたいと思います。
──競争的資金と比較して、クラウドファンディングならではの価値を感じたところはありましたか?
江藤 患者さんを含め、幅広い方々からサポートを得ることのありがたみを非常に感じました。一般の方を含めた幅広い方にわかりやすく情報を伝えることは大事だと改めて思います。研究を広くいろんな方からサポートいただくクラウドファンディングのような資金調達の手段は、今後重要になってくるかと思います。
──クラウドファンディングが終了した後に、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を獲得されたと聞きました。
江藤 はい、クラウドファンディング終了後、幸いにもNEDOの次の年度(22年度)のプロジェクトに採用されました。当初から、AMEDの助成は21年度までで終了し、NEDOのプロジェクトの募集は22年度からというスケジュールだったんです。
当然、クラウドファンディング開始当時から、NEDOへの応募自体は考えてはいました。しかし、獲得できるかわからない状況の中で、年度内の支払いが当然ありますから、どうしてもつなぎ資金が必要だったんです。
今回はもちろんクラウドファンディングで集めたお金は、その間の細々したことにも使えましたし、NEDOの採択はその段階では確定していなかったのです。科研費でも何でもそうですけど、翌年採択されるかどうかはわからないですからね。
今、国の方もAMEDも開始が前倒しになる傾向がありますが、特に競争的資金によっては4月スタートではないものもあって、NEDOは支援開始が少し遅れました。どうしてもマイクロサージャリーの支援ロボットはまだまだ開発が続きますから、クラウドファンディングで、競争的資金の谷間を埋めていくのはありかなと思います。また必要に迫られた際には、挑戦したいです。
──ぜひ。キュレーターとして伴走させていただくなかで、「クラウドファンディング」が「競争的資金」に完全に取って代わるものではないことを、改めて実感しました。他方で、競争的資金だけでは、なかなか成し得ない研究もある中、クラウドファンディングを上手にご利用いただくことが、先生方のご研究活動のさらなるお力になれるのだなと感じました。江藤先生、ありがとうございました!