東京と岡山との二拠点居住をスタート!会社のビジョンと自分の夢を重ね、地域密着型クラウドファンディングを実現するまで
目の前の仕事と自分のやりたいことが一致しない……そう感じて、自分の挑戦をあきらめる瞬間はないでしょうか。
今取り組んでいる仕事を、自分のやりたいことに結びつける。そんな方法で、自分の夢に向かって挑戦を続けるメンバーがいます。
2019年7月にスタートした地域密着型クラウドファンディング「晴れフレ岡山」。その立ち上げを担った、パートナー開発部の富澤由佳さんです。
富澤さんは東京から岡山に通って立ち上げを実現しましたが、その後「晴れフレ岡山」に専念すべく、岡山に拠点を持とうと決断。会社に決められたのではなく自分で決めたと言います。
ライフスタイルを変えるほど、自分の夢と仕事を重ねている富澤さん。彼女が地域に密着しながら、チャレンジする人の拠り所を立ち上げるまでの奮闘記をお届けします。
自分の夢とビジョンが重なる会社を、やっと見つけた
── 富澤さんはいつREADYFORに入社したんですか?
新卒2年目に当たる2015年です。ITコンサルティングファームで働いてから転職しました。
── どんなきっかけがあったのでしょう。
新卒1年目の頃にREADYFORの求人を見かけたんです。当時募集していたのは、マーケティングと広報の経験者。私はどちらの経験もありませんでしたが、Wantedlyから話を聞きに行き、後日エントリーしました。
今でも覚えているのが、米良から面接前に言われたリクエストが「3日後の面接までにマーケティング戦略を練ってきて」。マーケターの友人に手伝ってもらい、徹夜して準備しました。
── その頑張りが報われた結果の入社だったんですか?
それが……そのときは不採用でした(笑)。
── なんと!
でも準備に費やした3日間を通じて、「誰もがやりたいことを実現できる世の中をつくる」READYFORのビジョンと私の夢が一致している、と確信したんです。
だからREADYFORに再アタックすべく、クラウドファンディングのプラットフォームで働く人にインタビューしたり書籍を読んだりして、資料を作り直すために1ヶ月間準備しました。
そして1ヶ月後、「もう一度資料を作成したので、よかったら目を通してください」とREADYFORにメールして。もう一度プレゼンし、念願叶って入社できました。
── そこまで富澤さんを突き動かしたものは何だったのでしょうか?
言葉にすると壮大ですが、私の夢は世界平和につながる仕事をすることです。私が考える世界平和とは、みんなが笑顔でいること。その実現のために、誰もが夢を持てる世の中にしたいと思っています。これって、READYFORのビジョンと一致しているんです。
だからこそ、プレゼンのためにREADYFORについて考え抜いた時間がとても楽しくて。手伝ってくれた友人にも「久しぶりにキラキラしているところを見た」と言われ、これが本当に私のやりたいことなんだな、と実感しました。
── 転職の決断に迷いはなかったですか?
正直、迷いました。前職の上司に転職の相談をしながら泣いてしまったこともあります。でも最後は、「やりたいことを仕事にできる環境があるのに、飛び込まなかったら後悔する」と思って決意しました。
あとは、応援してくれる人に支えられましたね。「新卒で入社して一年で辞めるのは早すぎる」と言われたこともありましたが、プレゼン準備を手伝ってくれた友人たちは「すごくいいね」と背中を押してくれたんです。
おかげで、「みんなに認められなくてもいい。応援してくれる人が一人でもいるなら、自分を信じて一歩踏み出してみよう」と思えました。
仕組みを立ち上げた後も地域に寄り添える人に
── 地域のプロジェクトは、どのような経緯で富澤さんが担当になったのでしょうか。
私は入社以来、クラウドファンディングのプロジェクト数を増やす役割を担ってきました。その一環として「地域単位でクラウドファンディングを広げていこう」と考え、2017年から各地に足を運び始めたのがきっかけです。
地域で自治体や金融機関、大学、新聞社などとパートナーシップを結び、「できるかな?」と不安に思っている人たちが「やってみよう!」と一歩踏み出せる環境づくりに奔走してきました。
── いくつかの地域に関わるなかで、富澤さんが岡山に専念しようと思った理由はなんでしょうか?
地域で「誰もが夢を持てるようになる」環境づくりのスタート地点には参加しているものの、複数の地域に同時に関わるので、長期的にコミットしきれないもどかしさも感じていました。
仕組みの立ち上げだけでなく、「誰もが夢を持てる」状態にするところまで伴走したい。それなら1つの地域に集中的に向き合おう、と考えるようになりました。その1ヶ所目が岡山県です。
やりたい仕事にコミットするために、岡山に拠点を持った
── 「晴れフレ岡山」のために、岡山に拠点を持つと決めたんですよね。これはプロジェクトが始まった当初から考えていましたか?
いえ、始まった当初は私も会社も東京から岡山に通うものだと思っていました。個人的に移住や二拠点生活にそこまで興味を持っていたわけではないんです。
── では、どのような経緯で拠点を増やしたのでしょうか。
仕事に腰を据えて取り組みたかったので、その方法として岡山に住まいを持つ選択を会社に提案しました。2019年1月から岡山に通い始めて、その土地で暮らすから分かること、築ける関係があるんだろうな、と感じていたからです。
それに、現実的に考えても毎回宿泊するより家を借りたほうが安いし、東京との頻繁な往復には体力も使います。上司も、岡山に住むほうが私がパフォーマンスを出せるだろう、と判断してOKしてくれたんです。
── とはいえ、東京にオフィスがあるREADYFORに所属しながら一人で岡山に住む選択をして、大変なこともありましたか?
岡山に住み始めた最初の1ヶ月は、生活基盤を整えられなくて辛かったですね……。どこで買い物してどこでご飯を食べたらいいのか分からなくて(笑)。
(初めて岡山に訪れた際に撮った1枚。当時はまさかこの場所に拠点を構えるとは思ってなかったそう。提供:富澤)
── 大変な時期を乗り越え、富澤さんに何か変化があったのでしょうか。
岡山の方とのつながりが濃く深くなっています。人に紹介してもらいやすくなりましたね。「住む」決断によって、岡山に関わる覚悟を感じていただけたからかもしれません。
出会える人もどんどん増えて、岡山は思い浮かぶ顔がたくさんある土地になりました。少しでも岡山の役に立ちたい思いが日々強まっています。
挑戦する人のための拠り所をつくりたい
(「晴れフレ岡山」立ち上げメンバー左から、山陽新聞社 綾野さん、富澤さん、中国銀行 藤井さん 提供:吉野なこ)
── 「晴れフレ岡山」が始まって半年ほど経ち、地域密着のプラットフォームを立ち上げた手応えは実感していますか?
「晴れフレ岡山」には、プロジェクトの立ち上げに関する相談がこれまでに100件近く届きました。岡山に「挑戦したい」と思っている人たちがたくさんいて、その存在にスポットが当たったことに意味を感じています。
(晴れフレ岡山をリリースした際の説明会には40名以上が集まった。提供:富澤)
── 地域密着型のプラットフォームだからこそやりたいことはありますか?
プロジェクトの支援者さんは岡山県内の方が多く、プロジェクトを立ち上げる人と応援する人の関係が近いのはREADYFORと異なる特性だと感じます。
地域密着だからこそ自分への応援を実感しやすいと思うので、支援者と実行者が手を取り合えるプラットフォームに育てていきたいですね。
── これから岡山で挑戦したいことを教えてください。
「晴れフレ岡山」の名前には、夢に向かって走る人を沿道にいる人が応援しているイメージを込めています。私がREADYFORを舞台にして挑戦してきたように、「晴れフレ岡山」がたくさんのチャレンジャーの拠り所になる未来を目指したいです。
text by 菊池百合子 photo by 戸谷信博
※富澤が主催する「READYFOR bar」がオープンします!
2/26 20:00〜東京都内にて。詳細はこちら。約半年ぶりの開催です!
READYFORでは、メンバーを募集しています。一緒に「誰もがやりたいことを実現できる世の中」をつくっていきませんか?
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