動物たちがより快適に暮らせるように。市営の金沢動物園のクラウドファンディング挑戦の裏舞台
動物たちが今よりもっと豊かで快適な環境で暮らせるように。
動物福祉とも呼ばれる飼育動物の“幸福な暮らし”を実現する「エンリッチメント」を軸に、クラウドファンディングを行った動物園があります。
神奈川県・横浜市にある金沢動物園は、今年3月に開園40周年を迎えました。記念プロジェクトの一つとして、園の象徴でもある2頭のインドゾウの給水設備を設置するため、寄付を募りました。
園として初めて挑戦したクラウドファンディングは、「多くのお客さまからの声に直接触れる、初めての機会になった」と園長の小國 徹さんと広報担当の川口芳矢さんは振り返ります。市営動物園ならではのハードルや、クラウドファンディングの可能性について、お二人にお話を伺いました。
開園40周年を記念し、動物のより良い環境づくりために初挑戦
──まず、クラウドファンディングに挑戦したきっかけからお伺いできますか。
広報担当 川口芳矢 (以下、川口): 今回のクラウドファンディングは、開園40周年の記念事業の一環として行ったものです。開園初期から飼育しているインドゾウのボンとヨーコが、いつでも新鮮な水を飲めるよう、給水装置を設置したいという想いがきっかけでした。
金沢動物園は横浜市が母体となり、指定管理者である当協会が基本的な運営予算を管理しています。しかしながら、新たな設備をつくるなど、当初の予算外の費用は協会が独自に工面する場合があります。ゾウが使う装置ですから頑丈な造りにする必要があり、当然費用も膨らみます。
通常であれば実現のハードルが高い。けれど、みなさまからの支援を募るクラウドファンディングなら形にできるのではないかと挑戦することにしました。
──クラウドファンディングをはじめるにあたって、ハードルはありませんでしたか?
川口: ノウハウがないことですね。過去にほかの動物園がクラウドファンディングを行った事例は知っていたものの、県の認可を受ける公益財団法人として、関係部署との調整が求められることもあり、寄付についての知見が必要でした。
READYFORを選んだのも、「いきもの部門」があり実績を豊富に持っていたからです。実際、動物関係のクラウドファンディングの事例には、関係者からの理解を得るうえで非常に助けられました。
(左端:河西さん、中央:小國さん、中央右:川口さん。READYFORキュレーターと)
園長 小國 徹(以下、小國): 園としての新しい試みですので、資料をもとに何度も会議をもちました。ほかの動物園が、どんな目的でクラウドファンディングに挑戦し、どれくらいの寄付が集まったのか。業者選定にあたっては、READYFORさんの実績と他社との比較をしましたね。また、挑戦するにあたり、動物園の全職員でクラウドファンディングについて学ぶ機会を設けました。
ただ、事例は示せても、金沢動物園が成功する保証はどこにもありません。開園40周年記念のプロジェクトとして、大きなプレッシャーもありました。
でも、私も川口さんも、新しい挑戦に前向きだっんですが、不安もありました。もしかすると失敗するかもしれない。それでも開園40周年にふさわしい挑戦であるという考えは変わりませんでした。組織全体で検討を重ね、最終的に金沢動物園40周年の広報的効果も踏まえ、挑戦することになりました。
動物園ならではの、“すでにあるもの”で工夫したリターン
──想いだけでなく、実績といった定量的な資料も活用し、クラウドファンディングをスタートさせたのですね。プロジェクトがはじまってからの反応はいかがでしたか?
川口: 開始してすぐ、たくさんの方から寄付をいただきました。初動が早く、開始から23日目にして当初の目標金額である500万円を達成。目に見えて形になっていく応援に、手ごたえを感じました。
用意した「リターンなしの応援コース」について、当初は成功を疑問視する声もありました。本当に支援をいただけるのか、もっとリターンを用意したほうがいいんじゃないのかと、喧々諤々がありました。それだけ不安もあったのだと振り返って思います。
──完全な寄付型だけでなく、リターンもご用意されていましたよね。リターンの内容はどのように検討されたのでしょう?
川口: “すでにあるもの”を活用する視点で考えました。
リターンに比重が偏って、最終的な寄付のバランスが崩れては元も子もありません。それでいて、金沢動物園を選んで支援してくださる方々の満足度が高まるもの。
一番の人気は、木の枝を利用したコースターでした。ゾウは大きな枝葉も食べますが、太い枝だと齧ったものが残ります。それを輪切りにしたコースターのリターンは、すぐに完売になりました。また、お礼としてお送りするインドゾウのぬいぐるみも、もともと動物園のショップで販売されていたものです。
それから配送にかかる負荷を考慮し、体験型リターンも用意しました。園長の特別半日ツアーやゾウのエンリッチメント体験が含まれており、動物の飼育環境を豊かにする取り組みを体験できるものとして、クラウドファンディングの目的ともマッチしていたと思います。
絶対に成功させる。応援してくれた人たちのために
──動物園の広報活動も狙いとしてあったとのことですが、手ごたえはいかがでしたか。
川口: プロジェクトを開始する際、横浜市としてプレスリリースを出しました。いくつかお問い合わせをいただきまして、そのあと新聞掲載にもつながりました。もともと、3月17日の開園40周年記念に向けて写真展などさまざまなイベントの展開を予定していたこともあり、良い反応が得られました。
特に取り上げていただいたのは地元のタウン誌です。紙媒体への掲載は、日頃あまりインターネットで情報収集をしないご高齢の方々が知る機会となり、そこからまた支援につながり、どんどん広がっていきました。
ほかにも期間中は、プロジェクトページの新着情報や動物園のブログを活用し、動物福祉の取り組みについてより多くの方に知っていただけるよう、情報発信を行いました。
──印象に残っているコメントやお客さまとのコミュニケーションはありますか?
川口: まず、地元の横浜近隣の方々からの寄付が多かった印象があります。「金沢動物園の雰囲気が好きです」や「ボンとヨーコを見ると癒されます」など温かいコメントを添えていただきました。
それから、遠方の方からも寄付をいただきました。「いつか行きたいです」という方、それから、「子どもの頃、何度も遊びに行きました」という方。40年も経つと、大人になりご自身のお子様を連れてかつての遊び場を再訪する方もいらっしゃいます。
あと、コロナ禍で訪問が難しいという方から、動物園を支援する機会をつくったことに対してお礼をいただくこともありました。クラウドファンディングが誰かのアクションにつながるのだと、そのときはじめて実感しました。
こんなにも多くのお客さまからの声に、直接触れる機会は「初めて」といってもいいくらい。日頃の関係性を超えて、たくさんの方から金沢動物園が応援されていると、改めて見せてもらった感じです。
小國: いただいた応援コメントを見ると、本当にいろいろな方が、ボンとヨーコはもちろん、動物の住環境の充実を願って支援してくださったのが伝わってきます。
初めこそ「挑戦が大事」と思っていましたが、いただいたコメントを読んでいるうちに、絶対に失敗できないぞ、この人たちのためにも成功させなきゃいけない、絶対に失敗できないと、強く思うようになりました。
開園40周年記念に合わせてのクラウドファンディングだったからこそ、金沢動物園を応援する方々の気持ちが、寄付につながったような気がしています。
Win-Winになれる資金調達の新たな可能性
──開園から40年、培ってきたお客さまとのたくさんのつながりが伝わってきます。開始23日で目標金額の500万円を達成し、ネクストゴールを設定するうえで意識したことはありますか?
小國: まずは第一ゴール達成ということで、なによりほっとしました。で、その後の期間をどうしよう?と少し焦りました。
川口: ネクストゴールについて事前にお話しいただいてはいたのですが、私たちとしても「まさかこんなに早く」と驚きでした。
もともとゾウの給水装置をつくるクラウドファンディングですので、当初の目標金額を超える部分についても、ゾウの担当者が日頃から考えていた希望する設備の話を参考に、残りの日数で達成できるぐらいの金額ということで、800万円に設定しました。
──プロジェクト終了前に無事にネクストゴールも達成されましたね! クラウドファンディングを振り返り、大変だったことはありますか?
川口: そうですね、クラウドファンディングはこれまでやったことがないため、業務量がわからない懸念はありましたね。その点は、担当キュレーターの方がしっかりフォローしてくれました。
事前にプロジェクトページに使う資料など、必要なものを教えていただき、粛々と進めまして。プロジェクトが公開されてからも、寄付の動きに合わせたご提案をどんどんしてくださるので心強かったです。
──どんなところに、クラウドファンディングの可能性を感じていますか?
川口: お客さまも動物園もお互いがWin-Winになれる。そんな資金調達の在り方を体験できました。
公立動物園の財源は、入園料だけでなくその多くを自治体の税金に頼っています。自治体の財政状況が厳しくなり、年々動物園の資金確保も難しくなる。横浜市立動物園では、アニマルペアレント制度という、横浜市の3つの動物園が合同で取り組む独自の寄付制度もあるのですが、今回のゾウのように特定の動物に大きな予算を割く用途には適しません。
そんななか、プロジェクトの目的に共感した人からの寄付を、通常予算では難しい用途に使えるクラウドファンディングは、画期的な方法といえます。
──通常予算がカバーしていない部分のための、クラウドファンディングということですね。
川口: コロナ禍で入場者が減り、動物たちの食事代をクラウドファンディングで寄付を募るといった方法もありますが、動物たちの食事代が通常予算に含まれている公立施設では、寄付をそれに充てるのはなかなか難しいんです。
小國: 「不足分をクラウドファンディングで補充すればいい」という考えが、必要な予算を削減する理由にもなりかねないですからね。そのあたり、公立動物園がクラウドファンディングをどう活用していくかが、今後の課題であるように感じました。
今回、本当にたくさんの人に支えられて金沢動物園はあると心から思いました。
プロジェクトは終了しましたが、リターンの実施や給水装置の設置はこれからです。支援してくださった方々に寄付してよかったと思っていただけるよう、より良い動物園にしていきたいですね。
クラウドファンディングにご興味がある方はお気軽にお問い合わせください。