工学領域の「大阪大学クラウドファンディング」挑戦のその後
2018年10月より業務提携を開始した、大阪大学とREADYFOR。これまで31のクラウドファンディングプロジェクトを実施してきました。
達成したプロジェクトは、あれからどんな歩みを進めているのか。「大阪大学クラウドファンディング」挑戦のその後に迫るシリーズの第二弾。
今回は、大阪大学工学研究科の教授が実行者となって実施した2つのプロジェクトを紹介します。
世界最高性能の気象レーダーを日常の中で活用するウェブサイトの制作費を集めた、電気電子情報通信工学専攻の牛尾和雄教授。
そして、プラスチックとどう共生するかを考える場づくりを行う、環境調和型高分子に関する研究に従事する宇山浩教授。
先生方それぞれに「プロジェクト挑戦のその後」について、お話を聞きました。
世界最高性能の気象レーダーを活用し、自然災害から命を守る
──最初に、牛尾先生の研究内容とクラウドファンディングへの挑戦の背景について、教えていただけますか。
牛尾和雄先生(以下、牛尾): 私は電波、特にマイクロ波を用いた気象レーダーの研究開発に取り組んでおりまして、2012年に世界初であり世界最高性能と言われる「フェイズドアレイ気象レーダー」を情報通信研究機構 (NICT) や東芝と共同開発しました。
近年、地球温暖化の影響で線状降水帯による豪雨被害が増加傾向にあります。豪雨や竜巻のもとになるのが「積乱雲」で、これをいかに早い段階で観測するかが、被害を最小限に抑えるためには大事になってくるんですね。積乱雲を観察するのに効果的なのがレーダーを代表とする気象技術なんですが、現在用いられている気象レーダは万能とは言えません。
甚大な被害をもたらす気象災害を迅速かつ正確に把握できるようにするため、高く広がったビームを放出し1度のスキャンで雨雲の立体構造がわかる気象レーダーの開発に取り組んできました。それが「フェイズドアレイ気象レーダー」で、これまで5分以上かかっていた観測がわずか30秒で行えるようになりました。
このレーダーを用いれば、豪雨の卵である積乱雲を検出し、早い段階で警報を出し、大きな被害を防げるだろうと。“気象観測に革命が起きた”と評価されています。
非常に反響が大きくてですね、当時は各新聞が一面で報じ、テレビでも多く取り上げられ、国際的な科学ジャーナル『ネイチャー』でも特集が組まれました。政府関係者や政治家も含めて多くの方々がレーダーを見学するために研究室にいらっしゃった。
現在は東京に1台、大阪に2台、レーダーが設置されていて、実際に観測を行い正確性や速さを検証し、近未来の天気予報が様変わりすることがわかった。線状降水帯の被害緩和の切り札だと言われています。
「フェイズドアレイ気象レーダー」の観測結果をウェブサイトで公開し、みなさんの日常生活に役立ててもらいたい。研究費とは別にウェブサイトの制作・運用費が必要となるため、クラウドファンディングで募らせてもらいました。
──日本の、ひいては世界の天気予報を変える、素晴らしい研究ですね。プロジェクトでは目標金額を超える750万円が集まり、その後2022年7月に「雨雲どこナビ」をローンチしましたが、反響はいかがですか?
牛尾: 運用を開始した際にはいくつかのニュース番組にも放映されまして。ダウンロードして、小さなお子さんと公園にいくときに活用している、という声も聞いています。ただ、2022年の11月に一時運用停止をして、次のレーダー更新の準備を進めているので、まだデータは揃っていない状況です。レーダーの更新準備が出来次第、運用を再開します。
──運用再開が楽しみです。今回のクラウドファンディングを振り返ってみて、どんな手応えを感じていらっしゃいますか?
牛尾: 支援者のみなさまから印象的な応援コメントをたくさんいただきまして、大変感動しました。「社会にとって大切でかけがえのない研究です」とか「実活用を心待ちにしています」とかですね、頭が下がる思いですべて読んでいました。
クラウドファンディングは好意に基づいた寄付であり、人々のいい側面、公共性が出ますよね。そこに触発されて、私も単に職業としてではなく、世の中に貢献するために自分の人生を研究に捧げたいという思いを新たにした。これが、クラウドファンディングを開始したときには考えもしなかった、本当に大きな副産物でした。
クラウドファンディングという場を提供してくれるREADYFORの方々、そしてご支援と応援の言葉をくださった支援者の方々には、心から感謝を申し上げたいです。
──社会的に意義のある牛尾先生の研究に、こうした形で少しでも関わることができて、嬉しいです。最後に、フェイズドアレイ気象レーダーの研究の今後の展望について、教えていただけますか。
牛尾: 次はフェイズドアレイ気象レーダーを複数台設置して、結果を示していく段階になります。より正確に迅速に観測できる結果が示せれば、その暁には、日本の気象レーダーがこの方式に置き変わっていく未来が訪れるでしょう。実現すれば、天気予報は「晴れ時々曇り」よりももっと詳細がわかり、かつ外さなくなる。そしてその先には、自然災害で命を落とすことがなくなり、安心安全に過ごせる日が待っているはずです。
私たちは安心安全な社会を実現するため、こうした研究開発を通じて、命を守る研究を進めていきます。
プラスチックと共生していく未来を、自分たちで考えていくために
──改めてにはなりますが、宇山先生の研究内容と挑戦したクラウドファンディングプロジェクトについて、教えていただけますか。
宇山浩先生(以下、宇山): はい。私はこれまで約30年間、生分解性プラスチックやバイオマス資源を用いるプラスチックなど環境に優しいプラスチックの研究開発を行ってきました。ここ最近では、海洋生分解性プラスチックシートを開発するなど、プラスチックの廃棄物問題を解決する技術開発にも取り組んでいます。
多くのプラスチックは分解されないため、不用意に捨てられたプラスチックが川や海に流れ、海の生態系にも影響を与えてしまうケースがあり、社会問題になっていることはみなさんご存じでしょう。
とはいえ、私たちは多くのプラスチックに囲まれて暮らしています。スーパーでの食品はほとんどがプラスチックの容器や袋に入っていますし、ワークデスク周りにある液晶画面やコード、ペンだってプラスチックですから。
海洋汚染の側面だけを見てプラスチックを“悪者扱い”するのではなく、私たちの日常生活におけるプラスチックの必要性を知った上で、廃プラスチック問題とも向き合っていく。“プラスチックとどう共生していくか”を消費者の方々と共に考えていく場をつくりたいと思ったんですね。
そこで私は、これまでの研究での知見を活かした公開市民講座を開催し、研究とは別に啓蒙活動を行うことにしました。2020年に挑戦したクラウドファンディングではそのための費用を集めさせてもらいました。
──プロジェクトでは100名を超える方から350万円以上の支援が集まりました。その後どんな活動が行われたのでしょうか?
宇山: みなさんから支援をいただいていざ活動をしようと思った矢先に、コロナ禍になりまして。すぐには動き出せなかったんですが、READYFORさんの支援者の方へ流せるメルマガの仕組みを使って、プロジェクトメンバーを募集したところ、手を上げてくれる方々がいて、励みになりました。
2020年12月末に大阪で、賛同してくれたプロジェクトメンバーの顔合わせをして、2021年3月に「プラスチック愛プロジェクト」が立ち上がりました。新しい「プラスチックとの付き合い方」を開発したい!という想いで、活動しています。
そこから1年の間に全8回のイベントを開催したんですが、次第にメンバーも増えていって、200名の方がオンラインで参加してくれることも。大手飲料メーカーの方々や一般消費者の方々など、参加してくださった方と意見交換ができて、非常に有意義な時間でした。
──コロナ禍であってもオンラインで広く啓蒙活動をされたのですね。クラウドファンディングを振り返ってみて、どんなことを感じていらっしゃいますか?
宇山: プロジェクトをきっかけに、地元のゴミ問題に取り組むNPOの方や学校の先生、ビジネスパーソンなど、普段大学で研究をしているだけでは出会えない方々とつながることができた。そこから、小学校の体験学習としてゴミからコースターをつくるワークショップを開くなど、自分の視点では考えないような活動が広がりました。
クラウドファンディングがなければここまでの広がりはなかったと思います。お金だけでなく、共感してくれる仲間を集めることができた。そして人との出会いから、いろんなチャンスをいただいた。
プラスチックが好きだから、悪者にされるのがいやだという私の個人的な想いが、ポジティブに変換されて、自分たちの未来を自分たちで考えていくわくわくするようなプロジェクトとして続いています。その土台をクラウドファンディングがつくってくれました。
──嬉しいお言葉をありがとうございます。最後に支援者の方へのメッセージがあればお伝えいただけますか。
宇山: 2022年3月で市民講座自体は終了しているのですが、これからも啓蒙活動は続けていきたいと思っています。私たちの暮らしからプラスチックをなくすのは難しいし、プラスチックの恩恵も受けているからこそ、どう付き合っていくかを一緒に考えていただけたら。今使っているプラスチックを長く使うとか、不用意に捨てないとか、企業であればリサイクルできるものを作るとか。私も専門性を活かして、地域社会のためにできることは伝えていきたいと思っていますので、引き続き、活動の応援をよろしくお願いします。