見出し画像

ルーヴルで感じた大きなうねりを日本でも…国立美術館がクラウドファンディングで目指すもの

独立行政法人 国立美術館――東京国立近代美術館、国立新美術館など国立の8つの美術館やアートセンターを運営する組織が、独自に立ち上げ、運営を続けるクラウドファンディングサイトがある。

コロナ禍以後、美術館や博物館のファンドレイジングにまつわる動きは活発化しているが、それに先駆けていち早く開設されたこのサイトは、毎回対象館やテーマを変えてプロジェクトを立ち上げ、資金を集めて、通常の予算だけでは手の回らない事業を実現している。

運営を担うのは、国立美術館のファンドレイジング担当・境雅実さん。

2024年のプロジェクトテーマは、国立西洋美術館の所蔵するロダンの彫刻作品60点すべてを3D計測・データ化し、誰でも閲覧できるようにオンラインで公開する、という大掛かりなもの。目標額も過去最大の金額だ。

そこで今回は、READYFORファンドレイジングサービス部門が、プロジェクトの総合的なコンサルティングを請け負い、伴走支援を行っている。

本プロジェクトに挑むことになった背景、国立美術館としてのクラウドファンディング挑戦の意義とは?

境さん、そして西洋美術館サイドのクラウドファンディング実務のうち主に広報面を担当する隈部理香子さん(西洋美術館 経営企画・広報渉外室)に話を聞いた。

取材・文責:廣安ゆきみ・二之方太喜(READYFOR ファンドレイジングサービス部門)
撮影:戸谷信博

境さん(左)、隈部さん(右)

《考える人》の頭頂部が間近に見える!?
新しい美術館賞のかたちを叶えるプロジェクト

ーー今回、国立西洋美術館(以下、西美)としては2度目のクラウドファンディング(以下、CF)挑戦ですね。

:最初のCFは、2019年に実施した、西美所蔵のクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》をデジタル推定復元するというプロジェクトでした。これは、独立行政法人国立美術館(以下、国立美術館)としても初のCFで、無事目標額の300万円を達成しています。

デジタル技術を活用して、という点では似たところもありますが、今回のプロジェクトは、出来上がった3Dデータを広くwebで公開し、誰でも自由に閲覧できるようにする、というところが大きなポイントでもあります。

ーーコロナ禍を経て、今の世の中の動きにもマッチした取り組みということですね。

:そうですね。美術館に来ていただく、そして本物の作品を美術館で観ていただく、というのはもちろんとても大事なことです。しかし、様々な理由でそれが難しい方もたくさんいらっしゃると思います。そういった方々にも、国立美術館の所蔵する作品を観ていただきたいと以前から考えていました。

隈部:もともと、西美には6,000点以上の所蔵品があるうち、展示室に出しているものはわずか約3%です。ロダンの彫刻作品にしても、60点の所蔵のうち展示できているのは10数点ほど。特に彫刻は、展示するのに絵画よりもスペースが必要だという事情もありますし、劣化を防ぐ観点でも常に全て見える状態にしておくのは難しい。

写真提供:国立西洋美術館

隈部:都度入れ替えがあるとはいえ、大半の作品が収蔵庫で過ごす時間の方が長いというのは残念なことで、ずっと課題に感じていました。だからこそ今回、ロダンの彫刻作品全てを3Dデータ化して、オンラインで常時鑑賞の機会を作れるというのは私たちとしても非常に楽しみなんです。

――デジタルアーカイブの重要性は昨今とみに語られますが、今回は平面写真ではなくあえて「3Dデータ化」にこだわる、というのも画期的ですね。

: 3Dデータだと、展示室で観るよりも「近い」感覚を得られるかなと思います。また、巨大な彫刻作品は、通常の鑑賞環境だと観ることのできない部分がたくさんあります。例えば、《考える人》の頭頂部だとか、《地獄の門》の上の方にいる人たちの造形など。

隈部:それが、3Dデータだと拡大も回転も自由自在なので、正面以外からも360度、細部まで観察できるんですよね。

今回はロダン彫刻作品に絞っての企画とはいえ、これだけまとまった作品数を3Dデータ化して公開するのは、国内の美術館でもまだあまりみられない取り組みだと思います。

webサイトのデザインや機能はまだ詳細を詰めているところですが、一般の方に鑑賞いただくだけでなく、学校や美大での美術教育の教材としても使ってもらえるのではと考えています。

美術館と一緒になにかを成し遂げる仲間を増やしたい

――サイト完成のあかつきには、業界でも大いに注目が集まりそうですよね。また、画期的という点では、そもそもこうしてCFを積極的に活用するということそのものが、美術館業界ではまだまだ珍しいと思うのですが。国立美術館のCFサイトの開設は2019年でしたよね。

:もともと国立美術館では、2016年に、専用のオンライン寄付サイト(個人がインターネット決済で寄付ができるサイト)を立ち上げました。それまでは各館バラバラに寄付を募っていたのですが、初めて統一のプラットフォームを作ったんです。

https://kifu.artmuseums.go.jp/ 立ち上げの際に意識したのは、何よりも寄付者にとって「わかりやすく使いやすい」サイトにする、ということ。そのため入力フォームも極力シンプルに徹している

:その後、さらなる一手を、ということで2019年に立ち上げたのがCFサイトです。背景には、「国立美術館」をもっと知ってほしい、という思いもありました。

多くの人は、国立西洋美術館や国立新美術館など、各館のことは知っていても、それらを束ねる法人があることはご存知ないと思います。だからこそ、国立美術館のCFという傘のもとで、恒例行事的に各館が順繰りにCFをすることで、国立美術館という組織の存在や所属各館の多様性も知っていただけたら……と。

――2019年というと、今ほど美術館がCFに挑戦する土壌はなかったと思います。そんな中で独自のCFサイトを、というのは相当新しい発想だったのでは?

:2010年に、フランスのルーヴル美術館がとある作品を購入するために初めてCFを実施する現場にも立ち会ったのですが、そのときの熱気が忘れられなかったんです。

――「Tous Mécènes!(トゥース・メセーヌ=みんながメセナ)」と銘打ったプロジェクトは、約7,200人から120万ユーロ以上の資金が集まりました。当時は、美術館がCFというのは世界的にも新鮮な取り組みだったのではないでしょうか。

:とても大きなうねりを感じました。集まった金額もですが、何より支援者がみんな「自分もルーヴルの一員なんだ!」という意識を持ってプロジェクトに参加していたことに感激したんです。

そこで、国立美術館でも同じように「人々の思いを集める」ことができるかもしれない、と考えました。

これまで、美術館が「展覧会を観に行く」場所だったものを、それだけではなくて、美術館と一緒になにかを成し遂げる仲間、プロジェクトをやり遂げる関係を作りたいという思いでCFサイトを立ち上げました。CFへの参加を通して、もっと美術が日常になるのではないか、そうなったら嬉しいなと思いました。

――そして開設から5年。美術館のあり方に、どんな変化を感じていらっしゃいますか?

:プロジェクトを横断してのご支援が少しずつ増えてきているのがありがたいところです。

例えば、第二弾で取り上げた国立工芸館の支援者さんが、今回の西美のプロジェクトも支援してくださっている、とか。館をまたいでのご支援は一番願っていたことなので、嬉しいですね。

なんだか全国各地から、美術館を応援したいと思ってくださっている方々の力がちょっとずつ国立美術館に届いて集結しているような。日本地図と、各地から届く皆さまのお気持ちが脳内で映像化されることがよくあって、すごく励まされるんです。

これから国立美術館としてのファンドレイジングがもっともっと育っていくためには、各館の内部にも、こういった取り組みに共感して協力してくれる職員を増やしていかなければと思いますが、回数を重ねることでだんだんと足掛かりができてきているようにも感じます。今回は西美のなかに隈部さんのように強力なパートナーがいて心強いですし。

「戦略を立ててプロジェクトに臨む」とは如何なることか。
今までのやり方から一歩先のファンドレイジングへ

――READYFORのような外部のコンサルタントがご一緒させていただくのも、今回初めてのことだったのですよね。

:我々のような独自サイトだと、日々たくさんのプロジェクトが上がってそのぶん支援者も溜まっている一般的なCFサイトと比べて広報力に弱みがある、と感じていたので、そこを補強したいと廣安さんに相談したのが始まりでした。

そうしたら、ただ広告を出すとかリリースを配信するとかではなくて、CFそのものの見せ方や戦略を考えた土台の上に広報があるから、よければREADYFORさんでその根底部分からサポートさせてもらえないかと話をもらったんですよね。

――ちょうどREADYFORでは2024年春にファンドレイジングサービス部門が立ち上がって、こうして他のプラットフォームを使っての取り組みにコンサルティングだけ提供したり、実行伴走の手前の戦略設計の部分だけお手伝いしたり、ということも可能になった頃合いだったんです。これまではハードとソフトのセットでしか提供できなかったものが、ソフトだけの提供もできるようになった、というか。

:本当にタイミングが良かったです。

実際ご一緒して、プロフェッショナルの進め方を学ばせてもらっているなと感じています。今まで私たちが「野生的な勘」に頼っていたところや、手が回っていなかったところにも、細やかに対応くださっている。

支援状況のデータ分析や、タスク・スケジュールの管理。それからそもそも「戦略を立ててプロジェクトに臨む」とは如何なることか、ということ自体が学びになっています。

――小規模の組織だと、どうしても集合知が集まりにくく我流を打破しづらい、ということはありますよね。

:CFの戦略の定石を踏まえた上で、国立美術館の場合はどうしたらいいかを一緒に考えてくれている感じがありがたいです。

例えば、今まで私たちは、過去のCF参加者や美術館への寄付者の方に積極的に新たなプロジェクトのご案内を出したことはありませんでした。ためらいがあったと言いますか。でもREADYFORさんと相談する中で、「やはりきちんと案内を出すべきだ」と言われて。

ご案内の仕方まで具体的に教えてもらって、実際、蓋を開けてみれば全然マイナスな反応はなく、「こんな取り組みをされていたとは知りませんでした」「もっと案内してください」という反響で。もともと国立美術館全体の取り組みを知っていただきたくて始めたサイトですし、こうしてお知らせすることが良いきっかけになるのだと、本来の目的にも立ち返りつつ実感しました。

こんなふうに、今までのやり方から一歩踏み出す勇気が持てて、さらに新しい気づきが得られた、ということがいろいろありました。

それがいずれも根拠のないアドバイスではなく、これまでの知見と提案とがセットになっているのが心強いです。

チラシやwebバナーのデザインもREADYFORで担当

――我々のように、さまざまなクライアントさんと経験が重ねられる中間支援組織だからこそお役に立てることがあるのは嬉しいです。

隈部:はじめは、もっと要点だけというか、ちょこっとアドバイスをもらうだけかと思っていましたが(笑)、想像以上に深く関わってもらえてびっくりしました。プロジェクトそのものに関心を持って取り組んでもらえているのがありがたいです。

:一緒に走ってくれるというか、単なる「仕事」というよりも「人」として寄り添ってくれている温かさが嬉しいです。一緒に取り組む仲間が得られたような気持ちです。

――そうおっしゃっていただけると何よりです。今後、国立美術館さんとしてこのCFサイトを使って挑んでみたいことはありますか?

:まずは、全館制覇ですね。まだ5館残っているので。

それから、やっぱりCFは「ファンを増やしていける」のが良さだと思うので、もっと各館と協力して、国立美術館全体でファンドレイジングそのものを盛り上げていきたいと考えています。

――お金だけでなくてファンや仲間を増やしていくというのは、ファンドレイジングの本質ですね。CFを入り口に、私たちも引き続きその道程をお手伝いできれば嬉しいです。


国立西洋美術館のクラウドファンディングは、7月2日(火)まで!

支援額は3,000円から、支援コースは全部で18種類。

  • 《考える人》ぬいぐるみ

  • アクリルスタンド5種セット

  • オリジナルブランケット

  • オリジナルスノードーム

  • 講演会「3Dデータからみるロダンの魅力」参加権

  • 彫刻の埃払いを体験

各種返礼品もご用意しています。
【寄付控除あり】のコースもあります。
▼詳細は下記リンクをご覧ください。


◆担当キュレーター
廣安ゆきみ

大学卒業後、出版社で歴史雑誌の編集者を経験し、READYFORへ。これまで、大小さまざまなプロジェクトを担当。中でも、芸術や出版、歴史遺産の保存など「文化」分野のファンドレイジングに特に関心があり、2018年、社内に「アート部門」を立ち上げる。認定ファンドレイザー資格取得。

二之方太喜
学生時代からREADYFORにインターン生としてジョインし、2019年新卒で入社。NPO・NGOを中心にクラウドファンディングを担当、ソーシャル領域のチームのリーダーを務める。その後、ソーシャル領域に加え、日本文化・寺社仏閣・音楽など文化領域のファンドレイジング全般の伴走支援に携わる。