成功の鍵、手数料、寄付の価値……国立科学博物館が語る、9億円クラウドファンディングの裏側と “その後”
昨年8月、未曾有の運営危機を訴え、「かはく史上最大の挑戦」と銘打ったクラウドファンディング(以下、「CF」)を立ち上げた国立科学博物館(以下、「かはく」)。3ヶ月の募集期間で、支援総額は916,025,000円、支援者56,584人。金額・人数ともに国内CFの最高記録を更新した。
当社READYFORは、企画競争で選定されたことを契機に、このCFの戦略立案からプロジェクトマネジメント、日々の実務サポートまで、かはくの伴走支援を行ってきた。
あれから半年。まもなく各種返礼品の発送も完了し、一区切りがつくこのタイミングで、かはくはREADYFORとファンドレイジングに関する業務提携を結び、新たにオンラインで継続的な寄付を募る「マンスリーサポーター制度」を開設。CFで得られた成果を一過性のものにせず、さらなるファンドレイジングの可能性を拓くべく、再び大きな挑戦に踏み出している。
現役の人類学者でありながら経営の総指揮を執る篠田謙一館長と、ファンドレイジング業務の統括を担当する有田寛之センター長(科学系博物館イノベーションセンター)とともに激動のCFを振り返り、未来を仰ぐ、ロングインタビュー。
取材・文責:廣安ゆきみ・久田 伸(READYFOR ファンドレイジングサービス部門)
撮影:戸谷信博
CFは怖い。でもやるしかなかった。
――昨年のCFは、「国立の博物館が運営費の支援を求める」ということ自体が衝撃をもって受け止められました。実施決定に至るまでの背景について、改めて教えていただけますか?
篠田館長:
コロナ禍による入館料収入減、ウクライナ情勢に伴うエネルギーコストの高騰等を背景に、「このままでは令和5(2023)年度の予算が足りない」と判明したのが令和4(2022)年12月ごろでした。かはくの年間予算は約35億円。その内、2億円ほどが不足する見込みでした。
しかし、実は前年度も資金は足りておらず、苦肉の策で研究費や事務経費を削減してなんとか凌いでいました。これ以上の予算減となると、例えば海外専門誌の購読をやめるとか雇い止めをするとか、博物館として「それをやったら終わり」のラインを越えなければならない。
これ以上支出を抑えられないならば、収入増、つまり外部資金を獲得するしかありません。それにはいくつか方法があって、企業協賛などの営業活動にも動いてきましたが、なかなか時間がかかって芽が出ない。そこでCF実施が選択肢として浮上したのです。
――かはくは、2016年、2018年、2020年にもCFを実施していますね。
館長:
いずれもまだ前館長の時代でしたが、私自身も館内の一研究者としてプロジェクトの様子を横目で見ていたので、CFそのものには抵抗感はありませんでした。
でもいざ自分が立ち上げるとなると不安が募りますね。集まらなかったらどうしよう、と。なにしろ以前のCFはどれも達成額3000万円前後で、それでもものすごく苦労していましたから。
CFは、「信用の可視化」です。自分たちの今までの活動の価値が社会に問われ、評価が下されてしまう。もし失敗すれば面目丸潰れです。怖さはありました。
それでも、私たちにはもうCF以外手段がなかったし、もしダメだったとしても、きちんと努力しチャレンジした、という過程が大事だと腹を決めました。
研究員も事務職員も垣根なく連携できる。かはくのカルチャー
――有田さんを中心としたCF推進チームが組織されたのはいつごろだったのでしょうか?
館長:
(2023年)4月の人事異動で、別部署の課長だった有田をイノベーションセンター長に任命。その下に、前のCFの事務局経験がある職員やファンドレイジングの資格を持つ職員などを集めました。
イノベーションセンターは、2019年に新規事業開発をミッションに立ち上がった部署ですが、賛助会など寄付にまつわる業務も担っているので、CF業務を任せるには適任だと判断したのです。
有田センター長:
CF業務を担うべくイノベーションセンターに集められたスタッフたちは、私も含めてみな4月に異動してきたばかり(笑)。急ごしらえのチーム4人で事務局業務を回し、そこに財務課、広報・運営戦略課、研究推進・管理課の各課長を中心に組織横断的な体制で準備を進めることになりました。
――新年度から一気にプロジェクトが動き出したということですね。企画競争の募集がかかったのも4月でした。
館長:
始動は年度が変わってからですね。4月3日に、私から館内メールで全職員に向けて「CFをやるぞ」と通達しました。
――職員の方々の反響はいかがでしたか? 館としてCFの実績はあるとはいえ、「運営費そのものを集める」プロジェクトは初めてだったと思いますし、反発もあったのでは。
館長:
前年に研究費カットという事態に直面していたので、「ここで自分たちが頑張らなければ今年も大変なことになる」という危機感は全職員で共有していたと思います。やむにやまれぬ状況で、反対している場合ではない、と。
有田:
ただ、声高に寄付を募るのは “はしたない” ことではないか、と躊躇う職員は少なくなかったかもしれません。CFを立ち上げるよりも、もっと他の方法はないか、ということですね。
館長:
もちろん前年度から予算確保に向けた取組はずっとやっていて、それでもCFが必要だという判断だったのですが。
結果的に、職員それぞれで温度差はあったものの、研究員たちも各部門から数名ずつは自発的に手を挙げてくれたし、それが多彩なリターン(返礼品)にも繋がりました。
――外部資金獲得のために研究員の方々の時間や労力がむやみに割かれるのは本末転倒ですが、とはいえ研究員の方もこうした経営課題を自分ごととして捉える土壌があるというのは貴重なことですね。
館長:
自分の職域にとどまらず、館の運営に必要なことには積極的に関わるべき、というのは、長年培われてきたかはくのカルチャーです。
例えば、当館の特別展は研究員と事務職員と、みんなで作るものです。だから職種の垣根が低く、声も掛けやすい。研究員も、研究だけしていれば良いわけではなくて、館内でのトークイベントや広報物の執筆など来館者と接する機会も多いし、「自分の研究を面白がってもらうためには」という工夫にも長けている。CFでの発信活動に抵抗感がない者が多かったのは、他のもっとクローズドな研究機関と比べると特徴的だったかもしれません。
「地球の宝を守れ」というコンセプトを掲げたからこそ
――企画競争後、6月からREADYFORもチームに加わり、本格的にCFの準備が始まりました。連日議論を重ねながら急ピッチで意思決定を進め、8月7日にCFがオープン。結果は、予想を遥かに超える大成功でした。特に初日は館内も大わらわでしたね。
館長:
「CFは初日が大事」と御社に口酸っぱく言われていたので、当日朝は記者会見の直後から、私と真鍋副館長・栗原理事・有田センター長で、日本館の出口前でビラを配りましたね。誰も受け取ってくれなくて、すぐやめたけど(笑)。でも、そこから事務室に戻ってきたら大変なことになっていた。今思い返しても信じられないほどです。
有田:
いろんなことがバタバタと動いていって。READYFORのサイトが落ちたり、取材が殺到したりしながら、夕方には当初目標だった1億円を達成しました。到達後、何のリアクションもないのは良くない、せめてお礼はすぐに出したい、ということで、スマホで館長と副館長のお礼動画を即席撮影し、夜のうちにSNSに上げました。
――CF開始3日後のYouTube配信では、冒頭に館長にも急遽ご登場いただきました。その時点で5億円を突破していましたが、集まった資金は、かはくの運営費のみならず「多くの自然史系・科学系博物館が『地球の宝を守る』ミッションに加わる」ためにも使いたい、と指針が語られました。
館長:
日々積み上がっていく寄付額や人数を見て、「これはもう、かはくだけの話では終えられない」という覚悟が決まったんです。
正直これほどの規模のCFは、かはくだからできたことです。この事例が悪い方向に働いて、他の博物館までもが「お金がないならかはくみたいにCFで集めればいい」と突き放されるようなことがあってはならない。だから、かはくが得た果実は他の博物館とも分け合いたいと表明するのはごく自然な発想でした。
館長:
その点で、「地球の宝を守れ」という今回のキャッチコピーは本当に良かった。目標1億円が9億円になっても、資金使途が拡大しても、そのまま使える言葉だったからです。「かはくにご支援を」というフレーズだったらこうはいかない。
――ありがとうございます。あのキャッチコピーは、弊社も時間をかけて形にしたものでした。
有田:
館内職員からは、「ちょっとオーバーな言い回しでは?」という意見もありました。
でも、かはくの取り組みって、上野の展示のことは知られていても、つくばの収蔵庫にあるあまたの標本・資料の存在や、それを用いた研究活動のことはなかなか伝わらない。かはくのコレクションは、かはくでの展示のためだけでなく全国・全世界規模で活用されうるものだし、それを次世代に継いでいくことにも意義がある。
そこに着目したコンセプトを一緒にまとめ、キャッチコピーも作っていただき、結果的にかはくの活動の多様性を知ってもらう機会になったことはとても良かったです。
初めは「ずいぶん手数料をとるな」と思ったけれど
――コピーを考えるにあたっては、そもそも「かはくの存在意義って何だろう」という問いに立ち返って社内でも議論を重ねました。
館長:
館内の人間だとまずそういう思考に至らないですね。問うまでもなく、かはくには存在価値があると思っているから(笑)。
率直に、当初は「READYFORはずいぶん手数料を取るものだな」と思いましたが、後で有田から、「地球の宝を守れ」というコピーはそちらから出てきたものだと聞いて、納得しました。
我々の活動を外から――もっといえば寄付者と同じ立場から見られる人たちのアドバイスがいかに有用か、今回よく分かったんです。中にいる人間には気がつかないことがたくさんある。
有田:
これまで御社と毎週ミーティングを続けてきた私からすると、準備期間から今まで、常に「かはくと一緒にやる」「一つのチームとして取り組む」というスタンスでいてくれることもありがたいですね。
私たちが「こうしたい」と言ったとき、「はい分かりました」と鵜呑みにすることはなく、かといって一方的な提案がなされるわけでもない。「やるならこうです」と、プロの立場からデータとともに提示をしてくれて、その上で「じゃあどうするか」、お互いにガチンコで意見を出し合える。
目標額や実施期間の設定、キービジュアルやメッセージ動画の制作、リターン設計などなど、大変でしたけど、振り返れば意味があった。
そしてそういった積み重ねの一つの結晶が「地球の宝を守れ」というコンセプトだったわけで、その戦略設計の過程やサポート内容を全て含めて、相応の手数料だったと感じています。
――そんなふうに評価いただけるのは大変ありがたいです。
有田:
例えば印象的だったのは、今回の支援者のメイン層をどう想定するか、という議論です。
私たちが来館者へのアプローチを重視する一方で、READYFORは非来館者への訴求を考えていた。
我々は、普段熱心に展示に通ってくれる方々のことはよく分かっているつもりですが、その周辺――来館はできないけれど支援はしたいと思ってくださるような人たちのことは掴みきれていません。でもREADYFORが得意とするのは、むしろそういう方々とのオンラインでのコミュニケーションです。
お互いが知っていることを足し合わせて、より太い道を模索できる。これが外部のパートナーと一緒にプロジェクトを進めていくメリットだなと実感した出来事でした。
館長:
READYFORも、さまざまなクライアントと仕事をする中で蓄積するノウハウがあるはずで、それをかはくに持ち込んでもらって議論するということが、私たちにとっても財産になりますね。
有田:
2016年にCFを実施した当時は、「国立の、さらに博物館の本格的なCFとしては日本初」というふれこみで話題を呼んだように記憶しています。そこからコロナ禍を経てたった数年で、CFや寄付のあり方は大きく変わったのだと今回実感しました。
かはくでも、専任のファンドレイザーを雇おうと思えば雇えますが、大学などに比べて規模が小さいかはくの組織の中で閉じこもっていては経験にも知見にも広がりが出にくい。「今よりちょっと先」を見通せる専門家の視点を外から取り入れることで、私たちも社会の変化に対応していきたいと考えています。
館長:
でもそういう価値は、CFをやってみた当事者にしか分からないですね。READYFORはサイトだけ立ち上げて手数料を抜いているってイメージの人も多いかもしれない。
――決して “濡れ手に粟” ではなくて、いただくフィーの対価として我々が何を考え、何をしているか、ということは、これから力を入れて発信していかなければと痛感しています。
私たちの活動は「誰に支えられているのか」
――貴館とは、CF終了後も現在に至るまで週次で会議を続けています。中長期的な寄付戦略を描く中で、最初の課題は「CFの成果をどう未来に繋げていくか」ということでした。慎重に議論を進めた結果、その初めの一手として、4月1日からマンスリーサポーターの制度を開設することになりました。
館長:
CFの成功が見えてすぐ、私は館内に3つの要望を出しました。
返礼をしっかりすること
集まったお金の具体的な使い道を考え抜くこと
いただいた支援を一過性のものにせず、かはくのプレゼンスが生きている間に次のファンドレイジングに繋げること
この3つは連関しています。ちゃんと返礼をして、資金使途にも納得感がないと次には繋がりません。いまは、①がなんとかほぼ完了し、②の道筋を立て、③に取り組んでいるところで、その③の初手がマンスリーサポーターですね。
もともとかはくには「賛助会」という寄付制度がありますが、今回オンラインでこれだけの寄付が集まったわけで、それを踏まえた新しいファンドレイジング施策がありえるはず。CFにまつわる契約は終了しますが、その戦略を引き続きREADYFORと考えていきたいということで、業務提携を結び直すことにしました。
有田:
もしかすると、「まだやるの?」「これからも寄付に頼るの?」というご意見もあるかもしれません。でももうこの先、今回の取組だけで充分ということにはならないので。
館長:
ちなみに、令和6年度の予算は今まで通りついていて、特に減ってはいません。しかし今回のことを政府がどう捉えるか、それが長期的・巨視的にどう影響してくるかは、もう少し長い目で見ないと分からないというのが本音です。
――とはいえ、これからも国からの運営費交付金が収入の大部分を占めるであろうかはくにおいて、寄付を増やしていくことにはどんな意味があるでしょうか?
有田:
今回CFで大規模に寄付を募ったことで、改めて私たちの活動は「誰に支えられているのか」ということに気づかされました。
当然、国からの予算はつまりは税金ですから、それを交付いただく=国民に支えられているということに他ならないわけですが、寄付はそれ以上に相手の姿が見えやすいので、「我々はこの方々に支えられているんだ」という意識がより強くなる。
その認識を、館内の職員ひとりひとりが持つことで、組織文化が変わっていく。寄付を集めるということにはそんな効能もあるのだ、と感じています。
館長:
寄付というのは本来的にはプラスアルファの資金で、運営費のような定常的なものより、新しく自分たちの可能性を拓くものに使うのが正しい道ではないかと考えています。例えば、当館で企画した展覧会を外に巡回させていくとか、新たな事業・チャレンジをするための資金です。
まだマンスリーサポーターでどれくらいの支援がいただけるか未知数なので、現時点ではその資金で成せることの規模感も見えていないですが。
――今後集まったお金でかはくのポテンシャルを広げていく、ということですね。
館長:
なにしろ、日本の国立施設にはまだ、国のお金と寄付と、どうバランスをとってどう運営に生かしていくかというモデルがないんです。だからこそ、私たちが作っていかないといけない。
有田:
今回のCFは幸いにも大成功でしたが、今後の取り組みの中では失敗も経験するでしょう。でも、常に新しいことを考えていかないと「地球の宝を守る」活動を将来に繋いではいけないと思っています。
――かはくは2027年で創立150周年を迎えます。歴史を拓く、日本の博物館のトップランナーとして、まだまだ挑戦は続きますね。
館長:
まさにこの先の道のりこそが、新たな「かはく史上最大の挑戦」なんです。
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