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日本癌学会学術総会がクラウドファンディング挑戦の先に描く、がん研究の未来

2018年頃から、世に出始めた医療系クラウドファンディングのプロジェクト。4年が経つ今、その勢いは、年を追うごとに加速しています。

医療研究の領域や「学会」の分野でも、多くのプロジェクトが公開されています。

日本癌学会さまは、2021年に開催した第80回学術総会に際し、「若手研究者の先生を表彰するアワード」のための資金をクラウドファンディングで調達しました。

2022年も、第81回学術総会にて実施する若手アワードのための費用を募るクラウドファンディングを公開中です。

第81回日本癌学会学術総会における、若手研究者のクラウドファンディングの意義について、第81回学術総会会長の村上善則先生と、昨年のクラウドファンディングのフロントに立たれていた大槻雄士先生にうかがいました。

80年以上続くがんとの戦い。日本癌学会とは

──まず「日本癌学会」とは、どのような組織なのかを教えていただけますか?

村上 善則先生(以下、敬称略): 日本癌学会は、がんとその治療を研究する研究者・アカデミアの有志の集まりです。80年以上続いており、世界の中でも歴史の長い学会です。

当初は外科・病理・放射線科の先生の集まりだったのですが、がんという疾患がどのようなものかがわかるにつれて、関わる人も増え、非常に大きな学会になっています。

がんに関係する学会は、日本癌学会の他にも、外科の先生方を中心とした「日本癌治療学会」、腫瘍内科の先生方を中心にした「日本臨床腫瘍学会」があります。中でも「日本癌学会」はより広い見地からがんという疾患を対象にしているため、基礎研究から応用まで、つまり治療も含む多くの研究者が集まって情報を交換する学会です。

──日本癌学会さまの立ち位置は、それぞれの研究機関に所属される先生方が意見公開をする、有意義な情報の交差点としての機能を持っているということでしょうか。

村上: おっしゃる通り、研究者はそれぞれ大学や研究所などの研究機関に所属していますが、個々の研究機関にはがんの研究者が集まっているわけではありません。専門を同じくする研究者とつながれる“横のネットワーク”の一つが日本癌学会なんです。

不屈の挑戦が切り拓くがん克服への道。第81回日本癌学会学術総会とは

──年に1回、先生方の情報交換や情報収集の起点になられるのが「学術総会」なのでしょうか。

村上: そうですね。がんに限らずさまざまな研究成果は、まず専門雑誌に掲載され、報道されることが通常です。ですから、最先端の成果は、論文やニュースをサーチすることである程度可能ですし、インターネットにより世界中の情報を手に入れやすくなっています。

しかし、やはり検索では得られない大事なものもある。年に1回ですが、研究者が一堂に介し、出会い、密な関係を築いて、情報を交換する。各分野の勢いを目の当たりにする場でもあります。若い人たちをはじめ「これはすごいな」と思えるような刺激を与え、受ける場にもなっていたいと思っています。

──学術総会は過去80回実施され、今年は81回目となります。今年のテーマ、「不屈の挑戦が切り開く、がん克服への道」というキャッチコピーに込められた思いをうかがいたいです。

村上: 81回の学会を担当している上での大きなストレスは、新型コロナウイルス感染症です。

79回、80回と感染状況に応じて立派な学会が開催されました。ですが、みんなで集まって、出会いの場をつくるという意味では、この2年間、コロナ感染の影響を受けて十分な思いを遂げられない部分もありました。ですので、新型コロナウイルス感染に負けない、ということも念頭に置き、キャッチコピー前半には「不屈の挑戦が切り拓く」と掲げました。

今後、感染状況がどうなるかはわかりませんが、国内の演者はできるだけ全員リアル空間に集まって、情報交換をすることに我々は全力を注ぎたいと思っています。分子と分子がぶつかって変化するように、人間と人間がぶつかって起こる、変化の集大成が癌学会の総会の面白さだと思いますから。

がんは日本人の2人に1人が罹り、3人に1人が亡くなる、頻度の高い病気です。「がん克服への道」と掲げると、「がんの撲滅」をイメージするかもしれません。しかし、私は、がんと共生していても前を向いて進んでいることも「克服」に含まれると思っています。研究者としてはぜひ撲滅に近づきたいと思いますが、将来は撲滅を目指すとしても、現実的には、今現在、がんと闘っている方々の幸福に最大限寄与したいという考えも必要だと思います。がんと共存しながらでも「克服」する、人間の意思も含めて前向きな道を築いていきたい。それが今回のテーマに込めた私の願いです。

──81回特有の取り組みはどんな特徴があるんでしょうか?

村上: がんと闘うという意味では毎年大きくは変わらないと思いますが、1つ目は若手の先生方の支援を強化する狙いがあります。

2つ目は異分野連携です。がんを治すのは医療関係者だけで可能なわけではなく、さまざまな立場の方、がん研究以外の領域の方々との連携が必要となります。過去50年を振り返っても、がん研究は様々な領域の方法論を積極的に抱き込み、組み込んで発展してきましたので、がん研究をできるだけ広く専門外にも開きたいという思いがあります。

3つ目は国際化です。過去2年、コロナ禍で困難を強いられたので、改めて国際協調・国際連携を強く打ち出していきたい。可能であれば、3年ぶりに、アジアの発表者には会場に来てほしいと思っているんです。

──コロナで止まっていた時計が動き出した状況でしょうか。若手の先生方の支援強化、異分野連携、国際連携はこれまでにも実施してきたが、さらに強化することが今回の81回総会に込められた特徴や想いですね。

村上: はい。昔から続いているから特に何もしなくても進む、というわけではありません。特に若手の方々への支援は、私たちが若かった頃より希薄になっているようで心配しています。自分たちは育ててもらったのに、それを次世代に受け継げないとしたらと、強く責任を感じてしまいます。

ですので、あらゆる面で若手の支援を強化したいと思っています。できることには限りがありますが、学会は、社会の動きにモノを申す意味でも、若手の研究者の強化にはぜひ社会全体が目を向けていただきたい、という発信を積極的にしたいと思います。

──昔に比べて今は「若手の強化」が課題ということですが、それはどうしてでしょうか?

村上: 安定したポストが十分じゃないことが大きいと思います。基本的に研究を長く安定して続けようと思うと、ポスト・研究費・支援システムが必要になります。アカデミアは、切磋琢磨が必要だからと、完全に安定したポジションにつくまでに、色々な経験を踏むのですが、定員内のポストが削られすぎて、安定した研究ポストが生涯にわたって望めないような職場になっています。これでは若い人から見放されると思うんですね。

学会には直接できないけれど、職種の保障まで含めた若手の強化策が必要だと思っています。

医療者以外のがん研究への関わり方

──医療者でも医療関係者でもない一般の方々にとって日本癌学会学術総会に、どのように関わっていくことができるのでしょうか。

村上 : 学術総会は、プロ同士が切磋琢磨して鍛え合う場であるのはたしかですが、同時に社会や市民の方々との一体感や連携がなければおそらく長続きしていかないでしょう。

これまでは、一般の方々にはそれほど活動が十分に染み渡っていなかった部分もあるかもしれないですが、今後は強化したいと思っています。

いくつか対策は行っており、実は市民公開講座を開いて、今年で40回になります。でも、リアルな会場にたとえ数百人が集まっても、数百人レベルでは1億人の人口に比べるとほんのわずか。より多くの人への発信の仕方をもっと考えないといけません。

もちろんがんは多くの罹患者がいる疾患ですから、国全体として関わっていかないといけないのですけれども、一般の方も自分の事として関わっていただけたら。研究する側と、サポートする側、あるいは病気と闘っている方とがもっと一体化していくことを私は強く望んでいます。

その意味でも、がんサバイバーは癌学会にとって重要な方々です。市民公開講座でも今回初めて、研究者だけではなくサバイバーの方にもご登壇いただいたり、学会はがんを研究する人だけでなく、がんと闘って克服しようとしている人たちのものでもあることを実感していただきたいと思っております。

がん研究とお金、そしてクラウドファンディング

── 一般的に先生方が癌研究を進められるにあたって、資金の確保はどのようにするのが通例なのでしょうか。

村上 : たとえば私は大学の教員ですが、大学からサポートされる研究費は非常にわずか。Eメールアドレスの管理料とか白衣の洗濯料とか、そのレベルに近いものしかないんですね。実験機器を整えて、薬品を買って実験し、その成果をジャーナルに出そうとすれば、競争的研究資金の獲得が必要になります。その計画書を申請して、審査を受けて採用されなければなりません。かなり高い倍率の中で採用された人たちだけがサポートを受けられる体制にあります。

しかもその研究費のサポートは短くて1年程度、長くても3〜5年程度です。文部科学省の研究費、厚生労働省の研究費、AMEDの研究費などそれぞれ特徴はありますけれども、基本的には競争的資金を獲得しながら研究を進めていくという体制です。研究者にとってはストレスが多いシステムになっていると思います。

──先ほど若手の先生方の強化のお話もありましたが、若手の先生とお金という観点でいくと、やはり財源の確保には非常にご苦労されている先生方が多いのでしょうか。

村上 : ほとんどの研究者にとって資金調達は最大のストレスですね。少なくとも生物医学のフィールドはそうだと思います。とはいえ、若手支援の研究費は以前と比べると豊かになってきています。

昔は研究室や研究所のトップの方に巨額の研究費が集まり、所属している若手に分配する体制でした。今は、個々の額は少ないものの、研究者一人ひとりの仕事を評価して、少額でも研究費が出るので、自立や、やりがいが促されるシステムになってきていると思います。

ただ、やはり課題はポストですね。5年間、あるいは3年間の特任研究員という道のりは、大学卒業してすぐであればチャレンジしやすいかもしれませんが、年齢を重ねてご家族ができた状況で、いつまでも特任研究員では安定性に欠けるデメリットが深刻だと思います。それを理由にがん研究や生物医学の基礎研究から遠ざかる方も実は多いんです。

──そのような状況の中で、6月15日から第81回学術総会のクラウドファンディングに挑戦されています。その意図はどこにあるのでしょうか。

村上 : 一つはやはり、若手の支援・強化に課題があることをはっきり申し上げて、長期的な視点で、社会全体で考えていきたいという狙いがあります。発信という意味で、クラウドファンディングを活用している側面があります。その上で、集まった貴重な財源は、若手の人たちにとっても、金額は同じでも魂の籠ったものとして受け取っていただけるのではないかという想いもあります。

大槻 雄士先生(以下、敬称略): 学会の運営自体が赤字になることもあるんですが、クラウドファンディングによって、黒字になるかというと、なかなかそういうわけではありません。

そのような中でクラウドファンディングに挑戦する理由は、お金だけじゃない点にあります。前回もSNSで活動を知ってくれた人がたくさん応援のコメントとご支援をくださりました。なかなか称賛されることが多くない私たちがん研究者にとって、応援コメントに想いを乗せたご支援の流れは、非常に心にくるものがあります。

若手はポストが安定していないという点で、たとえば私の場合、採択頂いている研究資金はありますが、その期間が終わったら研究費が途絶えてしまいます。ポストも確約されないなければ、研究成果が確約されているわけではありません。なので、研究費がなくなると、なかなか先行きが見えないのです。

若手の研究者が自分の生活がどうなるかすら怪しい状態で、モチベーションを維持して、研究し続けることは、非常に大変です。金銭的なサポートもそうですが、それ以上にメンタル的な応援は、すごく大きな意味を持つことを、前回のクラウドファンディングを通じて実感しました。支援者の想いを若手研究者が感じられるのは貴重な機会だと思い、今回もクラウドファンディングに挑戦しています。

あとは、土壌を広げることも大事だと思っているので、がん研究をみなさんに知ってもらう意味合いも強いです。たとえばJリーグやプロ野球のチームでも、選手ばかりが注目されがちですが、裏にはコーチがいて、アシスタントコーチがいて、もっと言えばグランド整備の人がいて、役割は違えど、みんなチームの勝利に貢献しています。

がん研究も同じで、研究を直接するのは研究者だけど、それを支える事務方がいて、関わってくださるサポーターが多いと、もっと研究が加速していくと考えています。

普段がん治療や研究に関わっていない方々が「がん研究サポーター」になってもらえるような土壌がつくれれば、もっと研究やりたい人がどんどん出てくると思います。前回のクラウドファンディングを通じて、某高校からがん研究ってどんな感じなんですか、といった連絡もありました。クラウドファンディングを通じてまずはがん研究について知ってもらうことで、長い視点で巡り巡ってがん研究が発展し、がんを克服できる人が増えていく。そんな先の未来を想いながら、今回のクラウドファンディングに挑戦しています。