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寄席の文化を守りたい。わずか10日でクラウドファンディングを立ち上げた寄席支援プロジェクトの舞台裏

「粋じゃないかもしれないけれど、コロナに粋は通じない。野暮は承知で、ご協力をお願いします」

クラウドファンディングを告知する記者会見では、春風亭一之輔師匠、柳亭市馬師匠、春風亭昇太師匠、三遊亭小遊三師匠という錚々たる顔ぶれがずらりと並び、そう支援を呼びかけました。

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江戸時代から続く「寄席」は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止に伴う休業・入場制限により廃業の危機に直面。寄席の文化を守りたいと「一般社団法人落語協会」と「公益社団法人落語芸術協会」がタッグを組み、クラウドファンディングをスタートしたのです。

どんな思いで寄席支援プロジェクトは始まったのか。スタート後の反響は? 終了間近のいま、思うこととは――?

現在公開中の寄席支援プロジェクトの舞台裏に迫るべく、READYFORキュレーターの廣安ゆきみ、小柳聡美と共に、落語芸術協会の中谷英亮さんにお話をうかがいました。


江戸時代からつづく寄席文化の灯火を消さないために

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(落語芸術協会 中谷英亮さん)

── 今回、クラウドファンディングを立ち上げた背景をあらためて教えてもらえますか。

中谷英亮さん(以下敬称略): 噺家にとって寄席は、そのほかの落語会や興行の場とは違う、特別な場所でして。年中無休で昼夜、無名の若手から真打までさまざまな噺家が高座にあがります。寄席は落語家にとって芸を磨く“修行の場”、誰もが「この場所に育ててもらった」と語る、心のふるさとなんです。

そんな寄席が、新型コロナウイルスの影響でたいへんな危機にさらされた。昨年4~5月の緊急事態宣言中はほぼ休業状態。宣言があけても入場制限や営業時間の短縮で、昨年度の売上は前年度の7割減でした。各寄席では毎月200万~300万円を超える赤字が出ているといいます。

寄席からも「正直、差し迫った状態だ」という声が聞こえてくる。このままの状態がつづけば、存続自体が危ないだろうと。

── 落語家にとって大切な修行の場である、寄席の灯火を消さないために、クラウドファンディングをやろうと。

中谷: はい。このままでは寄席の文化は途絶えてしまいます。もともと運営が維持できればいいという考えで、儲かる商売ではありませんから。一度なくなってしまえば、次にやりたがる人も出てこないでしょう。今あるものを支え、続けていくことが大切なんです。

寄席に負担をかけないクラウドファンディングを

── ここからは、クラウドファンディング公開後に寄せられた疑問や質問を中心にうかいがいます。今回の支援金は「5軒の寄席の興行運営費」に充てられるとうかがっています。なぜ、この5軒が支援先だったのでしょうか。

中谷: 寄席定席といわれる、定期的に興行が行われている寄席である鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、上野広小路亭を支援先にさせていただきました。

もっといろんな小屋を支援対象にしないのか?と疑問の声を見聞きすることもありましたが、今回は、落語協会と落語芸術協会で行うクラウドファンディングですから、両協会の興行先に限定させてもらった次第です。

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(上野広小路亭)

── クラウドファンディングの告知ページで支援金の分配方法を明記しなかったのはなぜでしょう。

中谷: 寄席ごとに置かれている状況が異なるためです。クラウドファンディングが終了した時点で各寄席の経営状況などをふまえ、最も効果的な支援をしたいと考えました。そのため、分配の割合を書かない選択をさせてもらいました。プロジェクト終了後に、支援総額をもとに規模に応じて両協会で責任をもって分配をさせていただきます。

── リターンについてはどのように決められましたか。寄席の招待券が含まれていないことを意外に感じた方もいらっしゃったのでは?

中谷: リターンに寄席の招待券を含めるかどうか、私たちも悩みました。招待券を入れなかった理由の一つは、寄席を応援してくださる方が全国にいらっしゃることを配慮して。コロナ禍において遠方から来にくい方もいるだろうと。

もう一つは、こちらのほうが本筋なのですが、できるだけ寄席側に負担をかけずにクラウドファンディングを行いたかったから。今回の活動は、寄席を支えたい両協会の思いで始まったものです。招待券をリターンに含めてしまうことは、本来得られた寄席側の利益が減ることを意味します。

寄席にお願いするのではなく、両協会の取り組みだけで完結できるものにしたいという考えでリターン内容を決めました。

小柳: 支援者さんのアンケートを見ると、「リターンはいらない」「リターンは今のもので十分」という声が、実は多いんです。リターン内容の充実を求める声はほぼなくて。ただただ、「寄席を応援したい」という気持ちで支援をしてくださっているのだと思います。

中谷: 本当にありがたいことです。

── 第一目標を5000万円に設定されました。目標金額についてはどのように決められましたか。

中谷: クラウドファンディングの中身をつめていく会議においても、目標金額については、なかなか決まりませんでした。というのも、どのくらいご支援いただけるものなのか、まったくわかりませんでしたので。

5000万円という数字は、仮に5つの寄席で均等に割ったとして1000万円ずつ。寄席は毎月200~300万円を超える赤字が出ている状況ですから、この金額では難局を乗り切る大きな種火にはなりにくいだろうというのが正直なところです。

ただ、このクラウドファンディングは、みなさんに注目してもらう、関心をもってもらう一つのきっかけだと捉えていましたので、キリのいいところで5000万円とし、可能であればさらにその上を目指そうと。これ以上の金額を目標にしたものの、蓋をあけてみたらまったく集まらなかった、ということになれば格好がつかないという思いもありました(笑)。

公開初日、どんどん増えていく応援メッセージを見て、涙がでた

── まだプロジェクトの途中ですが、初めてクラウドファンディングに挑戦してみて、どんな感想をお持ちですか。

中谷: こんなにもたくさんの支援をいただいて身が引き締まる思い、というのが率直な気持ちです。

そもそも開始4日で5000万円を超える支援をいただけるなんて想定していませんでした。公開初日、どんどん伸びていく支援金額とたくさんの応援メッセージを見て、正直、涙がでました。

演者もきっと、同じ気持ちだったんじゃないかと思います。「こんなふうに応援してくれる人がいるんだって、泣いてしまったよ」と話していた人は一人や二人じゃありません。

小柳: 開始から3週間、現時点で5300件を超える応援メッセージが寄せられていますね。

中谷: ありがたいことです。応援メッセージに寄せてくださる、みなさんの言葉が本当にあたたかくて。

「苦しかったときに、寄席で笑って、明日の活力をもらいました」「落語に出合わせてくれた寄席に感謝しています」「私は、落語やお笑いに救われました」と。みなさんが持っている寄席の体験をこんなふうにまとめて、たくさん聞けることは、これまでになかった。寄席からも「苦しいなかで、あたたかい言葉が励みになる」と聞いています。

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(新宿末廣亭)

立ち上げ準備期間、わずか10日の舞台裏

── クラウドファンディングの立ち上げや準備についても聞かせてください。クラウドファンディングを本格的に検討されたのは、いつごろでしたか?

中谷: 5月のはじめ、ゴールデンウイーク中ですね。落語協会さんとお話して、緊急事態宣言があけて寄席が再開する予定の5月12日に極力近いタイミングで始めたいと考えました。

── なぜ、READYFORを選んだのでしょうか。

中谷: クラウドファンディングに詳しい方から「READYFORさんがお勧めですよ」と紹介されたんです。伝統芸能や非営利団体の支援にお強いということで。とにかく早く、スタートする必要がありましたから、安心してお任せできるところがいいと思っていました。

── 今回は相談から公開までわずか10日だったとうかがっています。これは異例のスピードですよね…? 廣安さん、なぜこんな短期間でスタートできたのでしょう。

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(キュレーターの廣安ゆきみ。記者会見にて)

廣安: 通常は準備に1~2カ月費やすことが多いので、異例のスピードだと思います。

今回は何度も話し合いをする時間がありませんでしたから、長丁場の打ち合わせの場を設けてもらいました。落語協会さんにうかがうと、両協会の事務局のみなさんはもちろん、師匠方もいらっしゃって。一晩で、あれこれぜんぶ決めようと、おっしゃってくださいました。

議論するのに必要な方がみなさん集まってくださったのは本当にありがたかったですし、両協会さんの本気が垣間見えた気がしました。二人三脚で準備ができている感覚がありました。

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(長丁場の会議の様子)

中谷: 廣安さんや小柳さんが、「あれを決めましょう」「これはこうしましょう」と、それこそブルドーザーのように、どんどん進めてくださった。必要なことはそこで議論を尽くすことができました。やはり「プロの力を借りてよかった」と思いましたね。

落語芸術協会としても、このスピードで動いたのは異例の出来事です。それだけ本気で、寄席の危機に対して、より速く、より効果的にクラウドファンディングを立ち上げたいと考えていたのだと思います。

── 準備期間で印象的だったことはありますか。

中谷: そうですね。クラウドファンディングの立ち上げに合わせて、記者会見を開きました。記者会見自体は珍しいことではありません。しかし今回は、「金曜日の昼」にプレスリリースを出して「翌火曜日」に記者会見をやるという強行スケジュール。はたして報道の方々が集まってくださるのか、正直不安でした。

ただ、いざ当日を迎えると想像以上に集まってくださって。のちに掲載された記事も、好意的な内容ばかりで、ありがたいかぎりでした。

── クラウドファンディングがスタートしたあとも、キュレーターからのサポートはありましたか。

中谷: そうですね。スタートしたあとのこと、とくに目標金額を達成したあとのことを、我々は何も考えていませんでしたから、キュレーターの小柳さんが随時、次のアクションを提案してくださったのが助かりました。

小柳: わずか4日で目標を達成したことは、私たちにとっても嬉しい出来事でしたが、寄席の現状を考えると、次の目標に向けて動いていく必要があります。支援の輪をさらに広げていくためにはどうすればいいのか。キュレーターの目線で提案させてもらいました。

その一つがSNSの強化。今回のプロジェクトでは、寄席や落語ファンの方々がTwitter上でも活発に反応をしてくださっていましたので、発信にも力を入れてもらいました。

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(プロジェクトページやSNSにアップする動画を撮影する春風亭昇太師匠とREADYFORキュレーターの小柳)

── 中谷さんにとって、READYFORのキュレーターはどんな存在ですか。

中谷: 月並みな言い方かもしれませんが、「頼れるパートナー」ですね。初めてのクラウドファンディングで右も左もわからないなか、引っ張ってもらいました。何でも気兼ねなく、相談できましたしね。本当にありがたく思っています。

クラウドファンディングはあくまで一つの通過点

── クラウドファンディング終了間近のいま、どんな思いを持っていらっしゃいますか。

中谷: こんなに支援をいただいているなか重ねてお願いするのは気が引けるのですが、師匠方がおっしゃったように、“野暮は承知”で、最終日まで引き続きご支援を賜れましたら、という思いでございます。

なんとか寄席の力になりたい。寄席の文化を絶やさず、継承していきたい。そんな思いで立ち上げたクラウドファンディング。リターンの内容に寄席のチケットを含めなかったのも、特別な企画を入れなかったのも、できるだけ寄席側に負担をかけず、利益を減らさず、修行の場としての寄席を残したい思いがあったからです。

現状ではみなさんのお力をただお借りするだけですが、これからさまざまな活動を通して寄席を支えていくのが、両協会に課せられた責務だと思っています。

クラウドファンディングはあくまで一つの通過点。クラウドファンディングをきっかけに寄席にもっと人が集まるような、ファンの方々に喜んでもらえるような活動に取り組んでいきたい。次代を見据えながら、寄席の文化を守り、つなげていけたらと考えています。


※寄席支援プロジェクト(6月30日まで)

公益社団法人落語芸術協会
昭和5年、日本芸術協会として誕生。現在は200名を超える協会員が所属する芸能実演家団体。都内の寄席興行をはじめ全国各地で寄席公演を行ない、コロナ禍以前は海外でも積極的に公演を行なうなど幅広く活動。

クラウドファンディングにご興味がある方はお気軽にお問い合わせください。

READYFOR文化部門 担当・廣安宛て
art_div@readyfor.jp
text by 猪俣奈央子 edit by 徳瑠里香

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