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「プロジェクト自体が、アート作品になる」“つながり”と”想い”を可視化した大原美術館が見出すクラウドファンディングの可能性

1930年、岡山県倉敷市に創設された「大原美術館」。日本初の私立西洋美術館として、多くのアーティストや研究者、そして一般の鑑賞者に愛されてきました。

開館から90周年を迎え、アニバーサリーイヤーとなるはずだった2020年。大原美術館は大変な苦境に立たされます。新型コロナウイルス感染症の流行により、136日もの長期休館を余儀なくされ、再開館後も、入場者を制限せざるを得ない状況が続いたのです。

このままでは、大原美術館の存続自体が危ぶまれてしまう。大原美術館は「一般公開をストップさせない」をスローガンに、運営資金を集めるクラウドファンディングに挑戦しました。

プロジェクトが終わった今、大原美術館の学芸統括・柳沢秀行さんは「クラウドファンディングは単に資金調達だけでなく、見えない"想い”や“つながり”を可視化し、活性化していく役割を秘めている」と振り返ります。

大原美術館が、初のプロジェクト挑戦を通して得た手応えとは。柳沢さんとの対話からクラウドファンディングの新しい可能性が見えてきました。

聞き手:廣安ゆきみ(文化部門 リードキュレーター)


136日の臨時休館は、長い歴史のなかでも未曽有の出来事

── 2020年は、大原美術館にとって開館90周年の年。この節目となる年に、時を同じくして、新型コロナウイルス感染症の流行が始まってしまったわけですよね。

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(大原美術館の学芸統括・柳沢秀行さん)

大原美術館では、開館90周年を祝うため、2つの大型特別展をはじめ、さまざまな展覧会やイベントを準備していました。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の流行により、そのほとんどを中止・延期せざるを得ませんでした。

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毎年、春から夏にかけては多くのお客様をお迎えするハイシーズンです。しかし、4月の緊急事態宣言を受け、休館を余儀なくされました。第二次世界大戦中でさえ、実質的にはその扉を閉ざすことのなかった当館にとって、136日にわたる長期臨時休館は、まさに未曽有の出来事でした。

企業傘下ではなく、行政の設置施設でもない、民間の美術館である当館は、運営経費の約8割を入館料に頼っています。年間来館者30万人が、運営を維持する最低ラインです。しかし2020年度は、多くても年間約5万人程度しか見込めないだろうという試算でした。

何も手を打たなければ、大原美術館は、運営の継続さえ難しくなる。決して大袈裟ではなく、存続の危機だったのです。

地元のみなさんだけではなく、遠くから大原美術館を想ってくださる方ともつながれるように

── その存続の危機に、運営資金を補填する方法としてクラウドファンディングを選ばれたのはなぜでしょうか。

実はコロナ禍より以前から、クラウドファンディングをぜひ試してみたいと考えていました。

もともと大原美術館には、寄付を募る制度があります。一つは「OHARAサポーター倶楽部」という後援会制度。もう一つは資金用途を明確にしたうえで寄付を募る「第三創業基金」です。

「OHARAサポーター倶楽部」は、会員特典に大原美術館の入館チケットやイベント参加が含まれるため、会員は地元の方が中心になります。一方、「第三創業基金」は発足の目的を“未来への投資”と定義しており、寄付金を日々の運営資金に使用できません。

── いずれの寄付制度も、今回のような緊急事態に全国に向けて広く支援を募るには不向きだったわけですね。

そうなんです。実は、2018年に西日本豪雨が起きたときも、私たちは同じような経験をしています。半年間、来場者数が激減したんです。

このときにも、収入源の大半を入館料に依存する体制を課題視する声が挙がりました。そこで収入を多角化する方法の一つとして、クラウドファンディングに取り組んでみたいと。

ではなぜ、クラウドファンディングだったのか。それは日々の運営において、大原美術館を大切に想ってくださる方々の存在を感じていたからです。

日本初の私立西洋美術館として長い歴史を持つ当館には、たくさんのファンがいます。多くのアーティストや研究者、そして一般の鑑賞者から愛されてきたのです。

「大原美術館の作品によって美術を研究する道を志しました」
「大学生の頃、この美術館を訪れて、大きな力をもらったんです」

それぞれの方にとっての濃密な“大原体験”を耳にするたび、当館の存続への協力を仰ぐのであれば、近くでいつも大原美術館を応援してくださる方はもちろん、遠くから大原美術館を愛してくださっている方、そしてこの挑戦をきっかけに大原美術館に興味を持ってくださる方々とダイレクトにつながれるクラウドファンディングがいいのではないか。その思いに迷いはありませんでした。

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開始10日で1000万円の目標を達成。最終着地は、アート部門最高金額の2348万円に

── クラウドファンディングのプラットフォームとしてREADYFORを選んでくださった理由を教えていただけますでしょうか。

正直な話、他社のプラットフォームは、ほとんど検討していないんです。もちろん、どのような会社があるか、調査はしたのですが……クラウドファンディングに挑戦するのであればREADYFORさんがいいと、はじめから決めていました。

といいますのも、アート系のプロジェクトで目にとまるクラウドファンディングは、READYFORさんばかり。美術館や博物館、舞台芸術など文化施設の支援に関する知見をお持ちだろうという印象がありました。

── 2020年9月に初めてお会いしてご状況をうかがい、1カ月ほど準備を重ねて、10月26日にプロジェクトをオープンしました。開始6日で目標金額の「1000万円」を達成。終了までの60日間で集めた「2348万円」は、美術館が日本国内で運営費を募るプロジェクトとして過去最高クラスではないかと見ています。この結果についてはどんなご感想をお持ちですか。

大原美術館が多くの方に愛されていることはわかっていましたし、普段からお付き合いのある方々はきっと応援してくれるだろうとは思っていました。

ただ、みなさんが大原美術館を想ってくださる気持ちが金額として可視化されたとき、それがいくらになるのか。そこまでは、やはり読めませんでした。ですから毎日届く寄付とメッセージに大原美術館への深い愛を感じ、ただただ、ありがたい気持ちでいっぱいでした。

寄付していただいた方には、当日中に必ず、御礼のメッセージを送るようにしていました。愛を受け取って、感謝の気持ちをお返しする。それをコツコツと繰り返していたら、最終的に2348万円という金額に到達していた、という感覚です。

── 職員の方々の反応は、いかがでしたか。

プロジェクトの運営者である私たち以上に、職員は寄付の多さに驚いたようで、毎朝「うわ~!」「すごい!すごい!」と喜んでいました。こんなにも多くの方が大原美術館を大事に想ってくださっている。この事実に励まされたと思います。

支援者からの応援メッセージは印刷し、美術館の廊下に掲示して、すべての職員が見られるようにしました。掲示の前に立ち、熱心にコメントを読む職員の姿をよく目にしました。

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寄付だけで十分、喜ばしいこと。ただ、大原美術館への想いを言葉にしてもらい、それを職員に共有できたことは、非常に大きな意味があったと感じています。

今は遠く離れた場所に住む、岡山出身の方からメッセージをいただく機会も多々ありました。倉敷という町に対してシビックプライドを持って大原美術館を応援してくださった。クラウドファンディングをはじめる前、「いつも大原美術館を応援してくださる方々だけではなく、顔なじみの支援の輪の“外側”にいる、まだ見ぬ方々ともつながりたい」と考えていましたが、遠くまで私たちのメッセージが届き、応えてくださったのだなと感じました。大変うれしかったですね。

── 初めてのクラウドファンディングとは思えないほど順調にプロジェクトを進めていらっしゃいましたが、その過程で戸惑うことや大変なことはありませんでしたか。

実は、とくべつ戸惑うことは、ありませんでした。もともと私は、自身でもブログを書いたりSNSなども手がけており、ネットを介したコミュニケーションにも慣れています。

また、READYFORのキュレーターの方が適宜、プロジェクトの途中で、的確に状況を捉え、分析結果を伝えてくださったのには助けられました。

私たちもWebページを見れば、数字は把握できます。しかし「この数値はどういう状況を示しているのか」「他社と比較してどうなのか」まではわかりません。数字の見方を含めて教えてくださったのはありがたかったですね。客観的に状況を把握できましたし、社内への報告もしやすかったです。

リレーショナル・アートとも言える、クラウドファンディングの新たな可能性

── 先ほど岡山出身の方からの寄付も多かったとおっしゃっていました。地域に根づいた場所が、地域の方々や、その土地にゆかりのある人々によって支えられる。これも本プロジェクトの特徴の一つだったように思います。

そうですね。今回のクラウドファンディングでは、支援してくださった方とのつながりを強く感じました。

私が最初にアート系のクラウドファンディングを目にしたのは、たしか会田誠さん(現代美術のアーティスト)のプロジェクトでした。六本木にある森美術館で展覧会を開くための資金を募っていたんです。

今、アートの世界では、リレーショナル・アートといって、いわゆるプロジェクト型のアート作品が増えています。作品の内容や形式よりも関係を重視する。絵画や彫刻をつくるのではなく、制作の過程で生じる人間同士のつながりやコミュニティ、移動・流通の体験そのものを芸術に昇華させる、アートの形態です。

会田誠さんのクラウドファンディングは、名目は展覧会の資金集めでしたが、支援者に対して新作の一部をプレゼントするなど、プロジェクト自体がアート作品になっていると感じました。

── 「クラウドファンディングのプロジェクト自体が、一つのアート作品」という捉え方は、興味深いですね。

READYFORさんで行っていた、岡山県倉敷市の放課後等デイサービス「ホハル」の再建もそうですよね。あのプロジェクトは、まさしくリレーショナル・アートでした。

支援者へのリターンとして用意されたのは、豪雨被害に遭い、汚れてしまったおもちゃ。このおもちゃを届けることで、「ホハル」の子どもたちが感じた悲しさや、やるせなさを支援者と共有できる仕掛けになっていました。

代表である滝沢達史さんはWebページにこう綴っています。

汚れたオモチャですが、そこに詰まった思い出と被災地の空気感を真空パックにしてお渡しします。いつ誰の身に起こるか分からない災害、そのことをいつまでも皆様に覚えておいて欲しいのです。

支援者に思い出や空気感を体験してもらう、すばらしいアイデアだと感じました。

私たちのクラウドファンディングも、目的は資金調達ですが、大原美術館を大事に想ってくださる方々との、普段は見えない“つながり”や“関係性”を可視化するものでした。ここで生まれた関係性をさらに活性化させ、次につなげていけたら、と思っています。

── クラウドファンディングの目的やスタイルも時代とともに変化していて、資金を集めることよりも、ファンを増やしていくことだったり、支援者と想いを共有したり、コミュニケーション設計のツールとしてご活用いただくケースが増えています。ですから私自身、「クラウドファンディング自体がリレーショナル・アートになる」という言葉を伺ってとても感激しました。

実は、今回のプロジェクトには後日談がありまして。クラウドファンディングの終了後、地域の小学生が募金箱を持ってきてくれたんです。先生方は、「こどもの自主性に任せたい」と大原美術館のクラウドファンディングについて教えていなかったようなのですが……。

小学5年生のお子さんが、プロジェクト終了後にクラウドファンディングの情報を知って、仲間に声をかけ、寄付募集のチラシまでつくってくれたそうです。募金箱と共に、各学年の生徒から集めた「ありがとう」のお手紙までいただきました。

── そんなことがあったのですか……それはうれしいエピソードですね。

先生方も、コロナ禍で学年を超えた交流ができず残念に思っていたところ、奇しくも、「生徒が自発的に動いて、全校に支援の輪が広がった」と喜んでいらっしゃいました。

クラウドファンディングは、遠くまで情報を届けるツールだと思っていましたが、話題にしていただくことで、こうやって身近なところで新しい関係が生まれたりする。これもまた、大切な“つながり”の一つですよね。

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── 今回のクラウドファンディングでの経験を経て、今後の資金調達について、どのような展望をお持ちですか。

大原美術館は公益財団法人ですから、年度計画で予算を執行します。いつまでにどのくらいのご寄付をいただけるのかがわかるクラウドファンディングは、キャッシュフローの観点からもメリットが大きいとわかりました。

現在、私たちは新しい展示棟をつくることを計画しています。100年前に建てられた銀行をリノベーションする大規模プロジェクトです。このプロジェクトにおいても、クラウドファンディングに挑戦したく、またREADYFORさんにぜひご協力いただきたいと考えています。

公益財団法人 大原美術館
1930年、倉敷市に創設された美術館です。 本館、分館(COVID-19 感染予防のため休館中)、工芸・東洋館の個性ある建築の中で、西洋近代美術、日本近代洋画、民藝運動を主導した作家達の作品、エジプトや西アジア、中国の古遺物、そして現代日本を代表するアーティストの作品までをご覧いただけます。そのうち、近代以降の作品は、100年に及び、その時の現代美術を収集してきた成果でもあります。 また近年は、年間のべ3,000名を超える未就学児童の受け入れや、近接する二つの小学校の全校児童が来館して教員がプログラムを実施する「学校まるごと美術館」、そして8月末の2日間に1,000名を超える参加者となるチルドレンズ・アート・ミュージアムなど多彩な社会連携活動に取り組んでいます(残念ながら、これらの活動が、本年は全て休止です)。HP

クラウドファンディングにご興味がある方はお気軽にお問い合わせください。

READYFOR文化部門 担当・廣安宛て
art_div@readyfor.jp
text by 猪俣奈央子 edit by 徳瑠里香

#プロジェクトへの想い


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