見出し画像

医歯学領域の「大阪大学クラウドファンディング」挑戦のその後

2018年10月より業務提携を開始した、大阪大学とREADYFOR。これまで31のクラウドファンディングプロジェクトを実施してきました。

達成したプロジェクトは、あれからどんな歩みを進めているのか。「大阪大学クラウドファンディング」挑戦のその後に迫ります。

今回ご紹介するのは、大阪大学の医歯学分野における2つのプロジェクト。

1つが、2021年春のコロナ禍、患者さんを安心安全に搬送するためのアイソレーター(*)の導入を目指した、大阪大学医学部附属病院の高度救命救急センター。

*アイソレーター:ストレッチャーを覆い周囲と隔離するための仕切り。

もう1つが、2020年春、低ホスファターゼ症の子どもたちに先進的な歯科治療法の開発を進める費用を集めた、大阪大学大学院歯学研究科の小児歯科学講座・顎顔面口腔矯正学講座。

クラウドファンディングの実行者である先生方に、「プロジェクト挑戦のその後」について話を聞きました。

患者さんの不快感と医療従事者の負担が軽減。救命救急を誇りに思えた

──改めて、阪大病院高度救命救急センターの簡単なご紹介とクラウドファンディングプロジェクトについて教えていただけますか。

高度救命救急センター 講師 入澤太郎先生(以下、入澤): 当センターは、昭和42年に日本で初めての本格的な重症救急の専門施設として開設しました。救命と各診療科の専門医がタッグを組み「最後の砦」として、24時間体制であらゆる重症患者を受け入れ、年間1,000人以上の命をつないでいます。

新型コロナウイルス感染症が拡大し、コロナ肺炎の重症患者を受け入れてきましたが、搬送後に行う徹底したドクターカーの感染対策には、通常より1時間以上多くの時間が必要でした。

プロジェクト前の感染対策

車内側面を養生シートで覆い、ビニールシートのカーテンで仕切り、医療従事者もマスク、手袋、長袖エプロン、帽子、フェイスシールドを着用。患者さんには布団圧縮袋のようなビニール製のアイソレーターに入ってもらっていたんですが、閉塞感があり蒸し風呂状態で暑くおそらく不快で、患者さんの表情がわかりにくいという視認性の問題もありました。

これらの感染対策は搬送後にすべて始末し取り替えるため、仕方がないけれど搬送のたびにゴミもたくさん出てしまい、ドクターカーを消毒し拭き上げ、30分は乾燥させ次の搬送に行っていたため、1日に搬送できる患者さんの数も制限されてしまいました。

これらの課題を解決し、コロナ禍において、それから今後どんな未知のパンデミック(感染症の大流行)においても、患者さんを安心安全に搬送できる体制を整えたい。そのために、オリジナルのアイソレーターを導入したい。そんな想いで、クラウドファンディングに挑戦させてもらいました。

──コロナ禍での挑戦、430人の支援者から1,850万円を超える寄付が集まりました。クラウドファンディング達成後、オリジナルアイソレーターを導入し、救命救急の現場にどんな変化がありましたか?

入澤: べたっとしたビニールの圧縮袋のようなものでの搬送から、繭型のオリジナルアイソレータでの搬送に改善されて、不快感を軽減し、より安心・安全を守ることができていると思います。我々医療従事者にとっても、視認性が上がって、患者さんの表情も確認しやすくなり、準備や片付けも楽になって、目に見える範囲で大量に出ていたゴミも減ったことでコロナ感染への不安も軽減し、肉体的にも精神的にも負担が少なくなりました。

コロナ重症患者の搬送件数は200件近くになりますが、オリジナルアイソレーターは大活躍しています。

オリジナルアイソレーターの予備カプセル
ドクターカーに設置されたオリジナルアイソレーター

──改めてクラウドファンディングを振り返ってみて、どんなことを感じていますか?

入澤: 資金が集まったこと以上に、みなさんの気持ちが嬉しかったです。僕ら救命救急の現場の人間は当時、家と病院を往復し家族や友人と過ごす時間もほとんどなく、ずっと緊張状態の日々を送っていました。そんな中、クラウドファンディングを通して、遠隔で多くの方から応援メッセージをいただきました。医療従事者として、その言葉に励まされ、自分たちがやっていることを誇りに思えました。

アイソレーターを開発してくれる企業の方も、何度も何度も試作を繰り返し、「コロナが蔓延してこれまで何もできなかったから、こうしてコロナ対策に直接携わることができて誇りに思う」と一緒に汗をかいてくれました。

僕ら医療従事者だけでなく、支援者のみなさん、必死に開発を進めてくれた企業の方々の想いが集結したからこそ、実現できたことです。僕らだけじゃない、という感覚は、クラウドファンディングだからこそ得られたものだと思っています。

──最後に、支援者の方へのメッセージをお願いします。

入澤: 今回のプロジェクトでは目標金額を大きく上回る寄付をいただきました。アイソレーター開発以外に集まったお金はどうしているの?と気になる方もいると思うのですが、1円たりとも無駄にすることなく、災害対策に必要な資材の導入などに使わせてもらっています。

また、おかげさまで、2021年12月にプロジェクトの達成報告会として見学イベントも開催することができ、作成した救命救急のパンフレットとオリジナルグッズもお渡しすることができました。

子どもたちも僕らの仕事に興味を持っていろいろ質問をしてくれたし、患者さんも直接お礼を伝えてくれました。救命救急の現場の人間は、なかなかそういう機会に恵まれないので、大変ありがたく、この仕事をやっていてよかったと心から思えました。こうした機会は、クラウドファンディングを達成できたからこそ得られたものだったので、支援者のみなさまには本当に感謝しています。

コロナは落ち着いてきましたが、引き続き僕らは、最後の砦である救命救急の現場で、命を守っていきます。

1歳から乳歯が抜けてしまう。その根本治療を世界に先駆けて確立するために

──仲野先生が取り組む、低ホスファターゼ症の研究とクラウドファンディングの挑戦について、お伺いできますか。

大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学講座 教授 仲野 和彦先生(以下仲野): 低ホスファターゼ症は、遺伝性かつ進行性の骨の病気で、命に関わる重症から、歯にしか症状が出ない軽症まで症状はさまざまです。乳歯は通常6歳頃に抜けますが、低ホスファターゼ症の子は、1〜4歳に歯が抜けてしまうことがあり、それによって歯並びや噛み合わせ、話すことや食べること、見た目にも問題が生じてしまいます。

骨が弱く呼吸困難になる重症型の場合、大阪大学医学部附属病院がパイオニアとなり根本治療が開発され、命が助かるケースも増えてきました。ところが、乳歯が抜けてしまう軽症型の根本治療はいまだ確立されていません。そこで私たちは、低ホスファターゼ症により乳歯が抜けてしまうことに対する根本治療の開発に取り組んでいます。

なぜ乳歯が抜けてしまうのかを明らかにし、永久歯に行われている治療法を参考に、小児歯科と矯正歯科が連携して、研究を進めていければ治療法が確立できるのではないか。そんな思いで研究ステップを考え、必要な研究費用をクラウドファンディングで集めさせていただきました。 

──プロジェクトは無事成功し、433人の方から1700万円を超える支援が集まりました。プロジェクト達成後、研究は現在どんなステップにあるのでしょう?

仲野: 第一ステップの細胞実験では、低ホスファターゼ症のお子さんからご提供いただいた乳歯から歯周細胞を採取しています。なかなか歯から細胞を分離させることができず苦労しましたが、試行錯誤を重ねて、なんとか新しい実験方法を確立できました。採取した細胞を使って、どんな薬を作用させると細胞が強くなるかを検討して、ある程度絞れてきています。

並行して第二ステップの動物実験で、薬の効果を検証しています。そもそもモデルマウスを作製することは、承知の上でしたが非常に困難でありました。遺伝子解析の第一人者である金沢大学附属病院の渡邊淳先生に、3種類の遺伝子の配列を設計いただき、ゲノム編集を用いて、モデルマウスを作製しました。予想以上に大変な作業で、期間も資金も想定の2倍以上かかりましたね。

現在は、全身の骨や歯の状態から、どのような症状が発生するのかを検討しています。検討が終われば、重症型から軽症型までさまざまなタイプのモデルマウスで、第一ステップである程度絞った薬を試していきます。そこから第三ステップの治療法確立につなげていきたいです。

もともと第一ステップから第三ステップまでは、順調にいっても5年の歳月がかかることを予測していましたが、モデルマウスの作製に苦労した分、後ろ倒しになっています。研究の進展はどうしても予想できないことが多いのですが、常に全力を尽くす思いで臨んでいます。

多くかかった分の費用は、当初予定していた専門のスタッフを雇用するのではなく、研究に興味のある講座内のスタッフにボランティアで協力いただき、調整しています。ただ、モデルマウスの作製で失敗しても、諦めずにまた挑むことができたのは、クラウドファンディングでのみなさんのご支援があったからこそ。研究への期待や応援メッセージにより気持ちを奮い立たせることができましたし、想定以上の支援をいただいたことで、費用面でもフレキシブルに対応することができています。

──クラウドファンディングを振り返って、よかったことや手応えがあれば、教えていただけますか。

仲野: 低ホスファターゼ症は10万〜15万人のうちに一人の希少疾患と言われていて、歯科医師の教科書には、「乳歯の早期脱落がある」としか書いていないんです。日本で生まれる子どもが年間約80万人だとすると、低ホスファターゼ症の子は年間6〜7人程度ということになります。だから、多くの歯科医師が自分の目の前に低ホスファターゼ症の患者が来るとは思っていないんですね。ただ、臨床の現場ではその数字の辻褄が合わないんです。私たちの診療室だけでも、年間数人の患者さんが来られている現状にあります。

どういうことだろう?と調べを進めていくうちに、重症型の患者数が10〜15万人に1人の割合であり、軽症型の患者数は数千人に1人の割合でいることが推定されてきました。ただ、多くの歯科医師に知見がなく、診断がつかないため、早期に乳歯が抜け落ちる原因がわからないまま生活している方も多いはずなんです。大人になって骨粗鬆症と診断されることがありますが、骨粗鬆症の治療薬は低ホスファターゼ症には悪影響を及ぼします。低ホスファターゼ症は進行性の病気であるため、体の骨に症状が出る前に、歯科領域で歯が抜け落ちることから早期発見していくことが重要なんですね。

前置きが長くなりましたが、こうした状況から、歯科医師や患者さんに向けて、低ホスファターゼ症について知ってもらう啓発活動を継続しています。クラウドファンディングを通して、メディアにも多く取り上げてもらったこともあり、広く知ってもらうきっかけになりました。

低ホスファターゼ症の調査と啓発のため、10年前より5年ごとに全国600の小児歯科施設に症例に関するアンケート調査を行っています。クラウドファンディング後に実施した3回目となる調査では、報告のあがってくる症例数が飛躍的に増えるとともに、これまでに分かっていなかった所見が明らかになってきています。そこにはクラウドファンディングが寄与していることが明白であり、クラウドファンディングを通して、この病気について広く知ってもらいたいという、もともと期待していた目的が叶いつつあると感じています。

仲野先生(左から2番目)はじめ、治療法の解明研究を進める歯科医師のみなさん

──診療の現場に啓発していくことが、情報発信をしながら資金を集めるクラウドファンディングにマッチしたと。歯が抜け落ちる現象と低ホスファターゼ症という疾患が結びつく歯科医師が増えていくことで、早期発見にもつながっていきそうですね。今後の研究ステップを踏まえて、支援者の方に伝えたいことがあれば、お聞かせいただけますか。

仲野: 研究のステップを経たとしても、もしかしたら根本治療法を確立できないかもしれません。私たちは、それくらい未知で困難な領域に挑戦しています。実際に第二ステップでは難関にぶつかり、いわば順調に土を掘っていたら硬い岩盤が出てきて全く前へ進めないという、厳しい状況が長く続きました。現在は、それでもなんとか岩盤を崩す方法を見つけ、少しずつ前に進んでいるという状況です。

支援者の方々は、そうした我々の未知なる挑戦に賛同し、応援してくださっている。その想いが大変尊く、お一人お一人の支援の重みも感じています。クラウドファンディングを通して、我々研究者のプロジェクトが、支援してくださったみなさんとのプロジェクトになり、一緒に実現への道を進んでいる気持ちでいます。私たちは、患者さんやその周りの方々の期待を胸に、決してあきらめることなく、努力を重ねて何としても前に進んでいきます。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!